<Prologue>
 春の日差しが強くなっていく。梅の花が咲き、サクラの季節まであとわずか。そうした
 ら・・・卒業。長いようで短かった3年間が終ろうとしていた時だった。


<SIDE:A  Tomoko's EYE>
 ふぅ・・・明日で卒業やな。

 そんなことを考えながらベッドに横になる。最近考え事をするといつも卒業のことしか
 考えてない気がする。まぁ、ええか。卒業すれば別にもう関係ないわけやし。そんな生
 活も明日でお別れや。ああ、早く神戸に戻りたい・・・

             ☆              ☆              ☆              ☆

 いつのまにやら寝てしまっていたようで、起きたら明け方だった。今日は卒業式。さっ
 さと終らせて帰りたいもんやな。アホくさ。

 まだ登校までは時間があるので、ゆっくりベッドでまどろむ。ベッドでダラダラするの
 も嫌いじゃない。まぁビシッと起きるほうが多いが、なにかぼーっとしたいときなんか
 はよく布団の中でダラダラする。まだ3月なので朝も肌寒い。

 とはいえ、結局考えるのはこれからのこと。当然、神戸の大学に合格し、東京から戻る
 ことになっている。そうしたら、今まで通り・・・

 はっ!いけない。もうこんな時間や。これで遅刻なんかしたらまわりになんていわれる
 かわからへんからな。最後までビシッときめんと。

 そんなことを考えている矢先に昨日のことを思い出してしまった。思い出しただけでも
 腹の立つ女やわ、ったく。根拠もないのに『援助交際女』呼ばわりして。まぁああいう
 アホは無視するに限るわ、ホンマ。

 さてと、支度も出来たことやし、そろそろ出かけるとしようかな・・・


<SIDE:B  Kazuhiko's EYE>
 「和彦ちゃん」

 俺を呼ぶ声がする。といってもこの歳になって「ちゃん付け」する奴は一人しかいない
 のだが。

 「なんだよ」

 俺は後ろを向く。当然のことながらその目線の先には・・・あかりがいた。あかりに対
 する自分の気持ちがはっきりしたのは、去年の今ごろ・・・いや4月の終わりごろだっ
 たか、そんなころだ。廻りは既に俺らが付き合ってるものだと思っていたらしいが、全
 然そんなことはなかった。いや、そういうつもりではいなかったが無意識のうちにお互
 いひきあっていたのも事実かもしれない。まぁそんなことはどうでもいい。今は俺には
 あかりしか見えない。

 「あの、あのね、和彦ちゃん」
 「・・・ったく、どうでもいいけど、そろそろ『ちゃん付け』を止める気はないのか?」
 「え?え?」

 なぜそこで疑問に思う?お前、他の男に『ちゃん付け』するのか?俺だけじゃないか。
 分かってるんだか分かってないんだか・・・

 「まぁいい。大学入ってからもそんな風に呼ばれるのもごめんだぞ・・・っていっても
 多分かわんないんだろうな。で、なんだ?志保ちゃんニュースとかでまた下らん情報で
 も仕入れてきたのか?」
 「だーれが、下らん情報を流してるですってぇ?」

 あかりの声じゃない。当たり前か。ていうか必然的−いや本能的といった方がいいかも
 しれない−に身構えた。自分のクラスかのように奴はそこにいた。

 「お前、人のクラスに勝手にはいってくるなよな」
 「いいじゃないの、減るもんじゃなし。別にあんたに迷惑なんかかけてないわよ」

 ・・・相変わらずこいつと話すとペースが狂う。現れたのは紛れもなく志保だった。

 「で?なにしに来たんだよ、歩くデマ広告塔が」
 「なによぉ〜しっつれいねぇ。中には正しい情報の時もあるのよ。それを取捨選択する
 のが購読者の務めってものよ」
 「はぁ?誰が購読者だ?俺は頼んだ覚えなんかないが」
 「『志保ちゃんニュース』は選ばれたもののみが無料で受けられるニュースなの。そん
 な名誉なものに選ばれて、感謝して欲しいわねぇ」
 「・・・はぁ、勝手にしろ」
 「勝手にしろとは失礼ねぇ・・・ち、ちょっと人の話を聞きなさいよ」

 もう奴の話は聞き飽きた。あかりの方に向き直る。

 「で?志保ちゃんニュースの話じゃないらしいな。どんな用なんだ?」
 「う、うん・・・明日の話なんだけど・・・ちょっと和彦ちゃん、耳貸して」

 そっとあかりの口元に近づける。なぜか人の気配。

 「なんなんだよ!お前は!お前は関係ないだろ」
 「あ〜ら、そうかしらぁ?」

 志保はすっとぼけてみせる。いちいち腹の立つ女だ。

 「いいよ、志保も聞いて」
 「ほうらみなさい、あかりはあたしの味方なんだから」

 はいはい。別に俺の味方になんかなってもらわなくても構わん、と口に出す寸前で飲み
 こむ。口に出すとまた話がこじれる。

 「でね・・・明日って卒業式じゃない・・・それで・・・」

             ☆              ☆              ☆              ☆

 ・・・そうか、そう言われてみればそうかも知れないな。いろいろと世話かけてるし、
 気苦労だって絶えなかっただろうしな・・・

 「いいんじゃないか?俺は乗るぜ」
 「うん、ありがと、和彦ちゃん」

 あかりはまんべんの笑みを浮かべて俺を見ている。ホントペットかなにかのように愛く
 るしいという言葉がぴったりくる。・・・なんてのろけてる場合か、俺は。そして、不
 安が・・・そう、隣で聞き耳を立てていた女の反応・・・

 「ええっ!なんでまたあんな『援助交際女』にそんなことしなきゃいけないのよぉ。悪
 いこといわないから止めておきなさいって!」

 ほら、言わんこっちゃない。予想通り聞こえよがしに大声で叫ぶ。しかも志保の視線は
 『彼女』に向いている。はぁ・・・ったく。『彼女』は一瞬こちらを見たがすぐに視線
 を本に向けてしまった。絶対怒ってるよな・・・

 「お前は第一関係ないだろ?なんでまたそんなデカい声だすんだよ、アホ!」
 「とにかく、あたしはイヤよ。あかりと和彦でやってね」
 「最初からお前なんかあてにしてないし、第一勝手に聞き耳を立てていただけだろうが」
 「あかりが『聞いていいよ』っていったから聞いてただけよ」

 ・・・モノは言いようだな。

 「和彦ちゃん、準備の話だけど・・・」

 なんだかんだで志保も聞いている、コイツも根は悪い奴じゃないからな。

<SIDE:C  View>
 卒業式も無事に終り生徒達が各教室に戻ってくる。式の終った教室はなんともだらけた
 雰囲気になるものだ。連絡先の交換をするもの、昨日のTVの話題で盛り上がるもの、
 ほとんど普段の日と変わらない。

 「和彦ちゃん、昨日のうちに話、まとめておいてくれた?」
 「言われるまでもないだろ?俺様があかりの頼みを聞かなかったことがあるか?」
 「え・・・う、うん」

 一瞬の間が。

 「そうかそうか、あかりはそんな風に俺のこと思ってたのか。俺のこと信じてないんだ
  な?」

 思いっきり意地の悪い顔をしてみせる和彦。あかりは泣く寸前だ。

 「・・・ってのはジョークとして、だ。一応全員に声かけたぜ。来るのは・・・そうだ
 なぁ10人くらいいればいいんじゃないか?」
 「そうなんだ・・・じゃぁあたし、そろそろ屋上行ってみんなを待ってるね」
 「ああ、じゃぁ俺も行くわ」

 2人は屋上へ。待ち合わせの時間まであと10分。誰も来ない。寂しげな冷たい風だけ
 が屋上をつきぬけていく。

 「こ、こないねぇ」
 「まぁ、そんなもんだな。みんな薄情なもんさ」

 2人の足元には花束と、小さな包みが。それと・・・色紙。色紙にはまだ白いままだ。

 「なんだ、ホントにいたのね、あんたたち」
 「志保!」

 涼しげな顔をして志保が現れた。あかりは走りよって抱きつく。

 「なによ、あたしだって義理堅いところはあるのよ。別にあの女にじゃなくて、あかり
 に、だからね、ちゃんと言っておくけど」

 うん、うん、とうなづくが嬉しさのあまりにほとんど聞いていないあかり。

 「そうそう。そんなことだろうと思って、連れてきたわよ、あんたのクラスの連中。ち
 ゃんと志保ちゃんも働く時は働くんだから、よ〜く覚えておきなさいっ」

 そういって屋上のドアから離れると・・・

 「おう」
 「遅くなったな」
 「確かにおせわになったものね」
 「で、どうするんだ?」

 十数人のクラスメイトが来ていた。

 「みんな・・・」

 あかり、既に半泣き状態。

 「おいおい、あかり、お前が泣いてどうするんだって。泣かせるのは別の奴だろ?」
 「う、うん・・・じゃぁみんな、この色紙に・・・」


<SIDE:D  Shiho's EYE>
 準備は整った。あとは当人を待つばかりね。

 「で?誰が呼びに行くの?」

 と、あかりに言ってみる。あかりは必死になって考えこんでいる様子。どうやら、そこ
 まで頭が廻らなかったらしいわね。ったく、どこまで抜けてるのかしら、この娘。まぁ
 それがかわいいところなんでしょうけどね。

 「じゃぁ、いいだしっぺの法則だ、志保、お前が行け」

 和彦が言う。なんであたしが行かなきゃなんないのよ!

             ☆              ☆              ☆              ☆

 階段を降り、あかりの教室に。あたしもつくづく弱いわね。ヤックのスペシャルセット
 ごときの誘惑に負けるなんて・・・まぁいいわ。スペシャルセット1つとは誰も言って
 いないものね。

 あかりの教室。もうほとんど人も残っていない。黒板を消し終わった『彼女』は、自席
 に戻って帰り支度をしている。ああ、早くしないと帰っちゃうじゃない。さて、どう誘
 おうかしらねぇ。あっ、帰っちゃう!どうしよ、どうしよ。

 そんな混乱気味の頭から出てきた言葉はこんな一言だった。

 「ああ、ちょっと顔貸してくれる?最後だし、決着つけたいのよね」

 それを聞いた『彼女』、あっさり無視して歩いて行こうとする。なんかちょっと違うわ
 ね。自分で言うのもなんだけど。でも口から出ちゃったものは仕方ないわ。

 「あっ、そういうこと〜?あたしにまけるのが恐いんでしょう。ははぁ〜ん、やっぱり
 所詮は優等生なのねぇ〜」

 あ、これはHITしたみたい。『彼女』はこちらを向いて近寄ってきた。

 「で?場所は?」
 「お、屋上よ」
 「じゃ、いこか」

 すたすたと歩き始める『彼女』。なんかちょっと違う気もするけど・・・いっか。一応
 連れていく、っていう約束は果たしたわけだし・・・あ、ちょっと待ってよ、そんなに
 早足で歩かないでってば!

 屋上への階段を上り終わり、『彼女』がドアを開け・・・一歩踏み出した、その時。


<Epilogue>
 「パァン」
 「パァン」
 「パァン」

 銃声にも似た音が屋上からこだまする。『彼女』も志保も一瞬驚く。冷静さを取り戻し
 た『彼女』は改めてあたりを見まわすと・・・自分のクラスの人間がこちらを見ている。
 正面には・・・あかり。その隣には、和彦。クラスの半分くらいだろうか。手にはそれ
 ぞれクラッカー。

 「あ、あのね、保科さん・・・」

 あかりが一歩前に出て話し始めた。あかりのことなので、もじもじしながら話すのか話
 さないのかはっきりしない。しびれを切らしたのは智子の方だった。

 「なんや、お礼参りか?まさかクラスの大人数にうらまれてるとも思わなかったんやけ
 ど、どうも思い過ごしだったようやな。それに上杉君まで・・・そういうことか」

 あかり、目を見開いてハッとなる。なにか言わなければ、という気持ちだけがいっぱい
 でなかなか口が開かない。いや、口は開いているが半開きのままなにも音を出すことが
 出来ないでいる。

 「そうじゃないの。そうじゃないの・・・」

 数瞬ののち、両手を頭の後ろで組みながら口を開いたのは志保だった。

 「あーあ、もうあかりったら見ちゃいらんないわよ、ホント。んもう。せっかくケンカ
 寸前の状態で連れてきたって言うのに・・・ケンカなんかする気もないのによ!」

 志保は、智子の側にいき、肩越しに話しかける。

 「ほら、あかりの足元、見てみなさいよ。あれがケンカする道具に見えるの?アンタ」
 「・・・」

 黙ったのは智子の方だった。あかりは意を決した様子で智子の側に駆け寄ってくる。そ
 して正面に向かって・・・目を合わせて。

 「あのね、保科さん。いままで・・・ありがとうっ!」
 「はぁ!?」

 ワケがわからないといった様子であかりの顔を見る智子。勿論、その意図はなんとなく
 は理解している・・・

 「いままで、2年間同じクラスで無理やりのように委員長をやらされて、それでも、そ
 れでも一生懸命クラスのために頑張ってくれたよね・・・あの、あの・・・保科さん、
 4月から・・・神戸、帰っちゃうんでしょ?だから、お別れを言おうと思って・・・」

 既にあかりの目は涙で溜まっている。

 「ホントにありがとね。いまここにいるみんなは保科さんありがとう、って言いたいた
 めにみんな来てくれたんだよ」

 締めくくるように和彦が口を開く。

 「まぁ、そういうことだ、いいんちょ。いままで世話になったな。向こういったらそん
 なに肩肘張らないで頑張れよ」
 「・・・」

 智子は黙ったままだ。なにかを必死でこらえているようにも見えるが・・・
 一同が智子のまわりに集まってくる。

 クラスメイトの1人がその場から持ってきた小さな包みと色紙をあかりに手渡す。うん、
 とうなづきながら、

 「これ・・・プレゼント。大切にしてね。それと、ここにいるみんなで書いた色紙」
 「・・・開けた方がエエのか?」
 「うん!」

 ゴソゴソ・・・中には木目調の写真立て。その中には2年生の秋の修学旅行中に撮った
 クラスの集合写真が飾られていた・・・

 「・・・これ・・・」
 「確か保科さん、あの時写真頼まなかったよね。だから、これもらって。あたしのだけ
 ど・・・あ、平気よ。あたしは和彦ちゃんのがあるからいつでも見られるもん」

 肩を振るわせる智子。溜まってたものが一気に噴出そうとしていた・・・

 「なぁにいうとるんや。こんなもの。せっかくケンカしにきたっちゅーのにこんなもの
 もらって。ったく、やってられないわ。ま、くれるって言うならもらっとくわ、最後の
 最後までひねくれもの、なんて言われたくないさかいな」

 まんべんの笑みなあかり。うんうん、とうなづくばかり

 「うんうん。もらって。それから向こうに戻ったらちゃんと連絡してね」
 「大学って忙しいんやで・・・まぁ余裕があったら、ね」

 もう智子の目からは涙がとめどもなく流れていた。

 「ホントにいままでありがとう、委員長」
 「ありがとう」
 「元気でな」

 クラスメイトが1人1人智子に向かって握手を求める。昨日までなら90%は無視し、
 残りの10%では『アホか』と言ってやはり無視していた彼女が・・・全員と堅く手を
 握り合っていた。

 「ありがとう・・・みんな・・・ありがとう」

 うつむきながら聞こえない声で智子は言ったが・・・きっとその場の全員に伝わってい
 たことだろう・・・

             ☆              ☆              ☆              ☆

 あたらしい季節、あたらしい生活・・・
 それぞれの生活がはじまる。

 今、頬に触れているこの風は、僕たちになにを与えてくれるのだろう・・・

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