ある夏のことだった。高校生のころのことだ。

  僕には好きな子がいた。同じクラスの子で、ちょっとぽっちゃり目のかわいい子。学校
  でもかなりの人気者だ。同じクラスになったときはすごくうれしかったな。授業中も、
  お昼休みも、ずっと彼女のことを見てすごしていた。片思いって奴だ。

  修学旅行では同じ班になった。これは、偶然でも何でもない。僕が修学旅行委員に頼み
  込んで同じ班にしてもらったんだ。もちろん、それ相応のお礼はしている。お金さえあ
  れば愛だって買えるんだ、修学旅行の班分けくらいどうとでもなるものさ。

  ところで、友達のS君が言うにはなんであんな女が好みなんだ?と言うけど、それは人
  それぞれだもの。S君だって、あんな細身でガリガリ女の子が好みだなんて、笑わせる
  な。

  それにしたって、僕はブ男だ。デブだし顔も悪いし、頭も悪い。彼女とはつりあうはず
  もない。それは分かっているんだ・・・。彼女なんて一生できないんだ・・・僕は彼女
  のことを見てられるだけでそれでいい。それだけで幸せだった。

  2学期の終業式のことだった。通知表をもらって、帰ろうとしたところだった。

  「あの・・・」

  振りかえると、彼女が立っていた。僕の心臓は100mを全力疾走したかのようにドキ
  ドキしていた。

  「え?あ、あう・・・な、なに?」

  僕は言葉にならない言葉を彼女に向かって吐き出していた。彼女にとっては宇宙語にで
  も聞こえていたかもしれない。

  「あのね、私・・・前からあなたのことが気になってたの・・・」
  「え?は、ひ?」
  「あなたの彼女にしてくれませんか?」
  「・・・」

  僕が彼女に対して宇宙語を話しているように、彼女も僕に対してわけのわからないこと
  を言っているように聞こえた。彼女が言っていることを理解するには時間がかかった。
  僕にとっては天国からの訓示みたいなものだった。

  「あの・・・どうしたの?」
  「え?い、いや、なんでもないんだ」
  「やっぱり・・・ダメ?」
  「いや、そういうわけじゃ・・・」
  「じゃぁ、彼女にてくれるの?」
  「え?あ、う、うん・・・」

  こうして世にも奇妙なカップルが誕生してしまったのだ。夏休みに彼女が出来る。それ
  は僕にとって何を意味していたんだろう。

  僕と彼女はかなり模範的なカップルだった。容姿は全然つりあわないけど。いろいろな
  ところでデートをした。オープンカフェでコーヒーを飲んだり、遊園地でのりものに乗
  りまくったり。彼女はすごく嬉しそうだった。もちろん、僕も嬉しかったけど。

             ☆              ☆              ☆              ☆

  彼女が後ろを振り返った。そわそわした感じ。

  「ん?どうしたの?」

  僕も後ろを振り返った。誰もいない公園。

  「ううん、何でもないの」

  そこで、僕たちはキスをした。長い長い夏休みが終わろうとしていた。

             ☆              ☆              ☆              ☆

  夏休みも終わり、新学期。彼女と僕が付き合っているのはまだ誰にも知られていない。
  二人だけの秘密だった。学校に行ったらみんなを驚かせてやろう。こんな僕にも彼女が
  いるんだ。どうだ、思い知ったかって。

  始業式が終わり教室に戻ろうとしたときだ。ちょっとトイレに寄った。隣の女子トイレ
  からなにやら騒がしい声が聞こえてきた。ものすごい笑い声。覗くことはさすがに出来
  ないから、ちょっと聞き耳を立ててみた。

























  「それにしても頑張ったよね〜。あたしだったら絶対1日ももたいないよ〜。ねぇ千秋?」
  「ホントホント〜。案外本気だったりして〜?」
  「やめてよ。そんな訳ないじゃないの〜」

  最後の声は間違いない。彼女だ。

  「で?どこまでいったの?まさか・・・」
  「勘弁してよぉ。あたしだって好き嫌いくらいあるわよ。あんなデブ、こんなことでも
  なきゃ、付き合うはずないじゃないのぉ」
  「じゃぁ、何にもしなかったってワケ?」
  「え?キス・・・はしたよ。だってあんたたち見てたんでしょ?ずっと。あたし、分か
  ってるんだから」
  「何はずがしがってるのよ。今更。おしとやかなフリしたって遅いわよ」
  「へへへ〜。まぁね〜」
  「なぁんだ。1ヶ月以上も会って、結局キスしかしなかったのか〜。まぁその方があた
  したちにとっては都合がいいからいいけどね〜。ね?さゆり?」
  「ホントホント。よかった。最後までしちゃってたら大損だもん」
  「はい。キスまでだから5万円ね。さゆりとあたしの分で10万円か・・・」
  「さゆりと千秋の二人分、10万円確かにいただきました〜」
  「なーんか、納得行かないって感じ〜」
  「なによぉ。じゃぁ自分でやってご覧なさいよぉ。最後まで行ったら25万よ、25万。
  2人からだから50万ももらえるんだから。ブルセラビデオに出るよりよっぽど効率的
  じゃん?」
  「あたしは遠慮しておくわ。変な病気移ったらヤだしぃ〜」
  「ホントホント〜。ウリのほうがはるかに楽だよね〜。でもこっちの方がはるかにスリ
  ルがあっておもしろかったよ〜。きゃっはははは〜」

  3人の笑い声がトイレの中でこだまする。夏の思い出が、僕の中でなにかが音を立てて
  崩れていった。

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