2040年東京市。

  先日おきた連続殺人事件の捜査に駆り出されている。駆り出されている、というと少し
  語弊があるか。仕事を選べる身分じゃない。俺は賞金稼ぎだからな。仕事したいときに
  仕事をする。乃至は仕事しないと生活できないときに、だ。こんなご時世になっても、
  いや、こんなご時世になったからこそ犯罪は後を絶たない。

  犯人はまったく物音を立てずに後ろから近づきナイフで一撃で心臓を刺し貫いて殺して
  いる。ナイフが背中から胸の表面まで突き出ている。かなりの腕力だし、腕前も確かな
  ようだ。

  車を1件の電脳マンションの前で止めた。インターネットなんて言う野暮なものはない。
  人間の首筋にあるコネクタを通し、脳で直接ネットワークにリンクする機構がすでに一
  般商品化している。が、その装置は高い。使用できるのは金持ちくらいなものだ。何も
  自分の体を使ってまでネットワークに接続したいのかね。不思議でならん。脳に直結し
  ているため人間様は体を動かさずにいられるというのがウリらしい。そんなのをする奴
  の気が知れない。見てるだけで気持ちが悪くなる。体から伸びるケーブル群。グロテス
  クな様相。いや、これは俺の金持ちに対する偏見が入っているかも知れんから聞き流し
  てくれるとありがたい。

  さて、今日はこのマンションの一室の人間に聞き込みだ。

  「いらっしゃいませ、住人の方はIDカードを、ご来訪の方はインターホンをご使用く
  ださい」

  機械音声が俺の耳に入る。無造作にIDカードを入れる。警察のIDカードは極一部の
  建物を除いてフリーパスで入ることが出来る。政治関係や警察内部などは入ることが出
  来ない。俺達みたいな薄汚い連中は入れられないということなんだろうな。さて、どう
  してフリーパスかって話だったな。賞金稼ぎは命を張る職業だ。警察と同レベルの権限
  がなければ到底やっていけるはずがない。警察に登録する替わりにIDカードや武器を
  貸与される。犯人を逮捕すると、それに見合った賞金が報酬として出される。もちろん、
  使った銃弾の分を差っぴかれてだが。そんなこんなで刑事と同じような権限を持ってい
  るわけだ。凶悪犯を捕まえればそれだけ高額の報酬が出る。が、当然リスクも高い。賞
  金稼ぎが死んだところで2階級特進はしないし、遺族に年金も入らない。もっとも、賞
  金稼ぎに家族がいるってのもおかしな話だが。今回の事件には半年は遊んで暮らせる懸
  賞金がかかっている。

  40階の一室。ドアの前でインターホンを鳴らす。さすがに警察権限といえどもドアの
  中までは入ることはできない。

  「どなた?」
  「警察のものだ、ちょっと話があるんだが」
  「え?警察?」

  警察のもの、という表現はいささか誇張気味かもしれんが、嘘ではあるまい?

  「先日おきた連続殺人事件についてうかがいたいことがあるんだが・・・」

  カチャリ、という音とともにドアが開く。中には30前くらいの女性がひとり。今回の
  容疑者、「マエノサチコ」だ。このマンションの持ち主ということはかなりの金持ちと
  言うことだ。自分で稼いだのか、それとも貢がせたのか。まぁ、そんなことはどうでも
  いいことだ。奇麗な女だが・・・やはり目に付くのは、首から下がったケーブルだ。折
  角の美人も台無しだ。

  「マエノさん?」
  「え、ええ。そうですけど。とりあえず中へどうぞ」

  中は最高級とは言わないまでも俺みたいな奴でもひとめで高級品と分かるようなものが
  ところ狭しと並んでいる。この歳でこれだけのものを買える身分ってのがうらやましい
  というかなんというか。

  「率直に言いましょう。あなたに連続殺人の容疑がかかっています」
  「え?わ、私にですか?」
  「はい。あなたに、です。ところで、被害者が殺されたとき、あなたは何をしていまし
  た?」
  「え?殺されたときって、いつごろ殺されたのか私は知りませんもの。お答えできるは
  ずがないじゃないですか」
  「・・・おっと、失礼しました。昨日の夜10時半頃です」
  「10時半ですか・・・ここにいましたよ」
  「そうですか」

  ・・・基本的な手にはひっかからないということか。そりゃそうだな。そんな手にひっ
  かかるくらいならとっくに捕まっているだろう。

  「失礼ですが、ご結婚なさっていませんね?恋人、いえ、もっと端的に言いましょうか、
  愛人がいたという話ですが」
  「えっ?そんなこと、殺人事件とはまったく関係ないのではありませんか?個人のプラ
  イバシーを警察の捜査で聞き出すことは禁止されていると思いますが?」
  「おっと、これは失礼」

  しかし、この部屋のドアを開けた時点ですでに俺の勝利は決まっていたのだ。




















  ズドン、という銃声とともにひとりの男が倒れた。無論、俺ではない。俺は、正面で「マ
  エノサチコ」と会話しつつ、脇の下から銃を後ろに向け発砲したのだ。勿論、急所は避
  けてある。俺は賞金稼ぎだ。賞金首を殺してしまったら賞金は半減してしまうからな。
  しかも誤発砲のときのことも考えて。賞金稼ぎを始めてからどうも急所を狙わないクセ
  がついてしまっている。これではいざというときに困るのだが・・・

  話を戻そうか。犯人は、「マエノサチコ」ではなく、「マエノサチコ」を操っていた人
  間だ。



























  不思議そうな顔で俺の顔を見ている男に説明してやった。別に説明してやる義理もない
  のだが。

  「お前は『マエノサチコ』を使って連続殺人をしていたんだ。いや、正確には『マエノ
  サチコ』じゃない」
  「・・・」

  俺はためらわず正面にいる「マエノサチコ」の腕と足を撃った。女の悲鳴。だが、それ
  は・・・

  「マエノサチコ」の撃たれた腕と足からは血が流れなかった。

  「まぁ、そういうことだ。『マエノサチコ』は人間じゃなかったのさ。頭を撃ってみれ
  ば分かるだろうが、人型アンドロイドだろう」
  「・・・どうしてわかった?」
  「ふん。別に偉そうに話すようなことでもないが、本物の『マエノサチコ』は昨日の夜、
  交通事故で死んだんだよ。なのに、ここに『マエノサチコ』がいる。おかしいとは思わ
  ないか?」
  「・・・」
  「お前は、『マエノサチコ』を利用した。いや、『マエノサチコ』の人格だけを利用し
  たのさ。ここは電脳マンションだ。ハッキングさえ出来れば隣の部屋の人間の脳に直接
  アクセスすることも可能だろう。お前はそうやって『マエノサチコ』の人格を入手した
  んだ。『マエノサチコ』に近づき人格を模したアンドロイドを作成、次々と殺人を犯さ
  せたのさ。きっと昨日の夜10時半、本物の『マエノサチコ』は自宅にいたのだろうな。
  しかし、アンドロイドの『マエノサチコ』は次のターゲットを求めて夜の街を徘徊して
  いたというわけさ」
  「・・・」
  「もうすぐお迎えがくる。それまでおとなしくしているんだな・・・」

  俺は警察本部に連絡すると、その場を後にした。

  結局犯人は、「マエノサチコ」の自宅の隣の部屋に住む「アンドウヤスオ」で、彼女に
  振られた腹いせに電脳ネットワーク経由で人格を入手、アンドロイドを作り無差別殺人
  を行わせたということだ。まぁそんなことは俺には関係ないことなのだが。数日後には
  俺の口座に賞金が振り込まれる。ただそれだけのことだ。

  しかし・・・どうして「アンドウヤスオ」は「マエノサチコ」の家にわざわざアンドロ
  イドを置いておく必要があったのだろうか。そのようなことをしたら、今回のような事
  態になるばかりではなく、「マエノサチコ」当人と鉢合わせる可能性だってあったはず
  だ・・・


























  後々の調べで分かったことだが、「アンドウヤスオ」は「マエノサチコ」に惚れていた
  らしく、なんどもアタックしていたらしいが、当の「マエノサチコ」には見向きもされ
  なかったようだ。そこで、「アンドウヤスオ」は「マエノサチコ」の人格をコピーした
  アンドロイドを作り、連続殺人を犯させることで「マエノサチコ」に復讐しようとして
  いたとのことだ。が、自分の言うことを何でも聞くアンドロイドの「マエノサチコ」に
  本物の真似をさせるべく、時々「マエノサチコ」がいない時間を見計らっての彼女の自
  宅にアンドロイドをおき、本物の「マエノサチコ」のつもりで・・・いろいろとしてい
  たらしい。その瞬間を俺に踏み込まれたというわけだ。俺もそこまで考えて踏み込んだ
  わけではないが・・・まぁ結果オーライだろう。

  「アンドウヤスオ」という男も自分の部屋だけで楽しんでいればこういう事にはならな
  かったものを・・・

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