「あなた、やめて!これ以上やったら私たちは破滅してしまう!」

  私はいままでになく力強い声で夫に向かって叫んだ。夫もそれを十分に承知し
  ている。が、止める気配はない。もう破滅だわ・・・

  「どうして・・・どうして止めてくれないの?そんなに勝ちたいの?そんなに
  してまで人生の覇者になりたいわけ?」
  「・・・ああ、悪いと思ってる。でも男にはやらなきゃ行けない時ってのがあ
  るんだよ。あいつらには負けられない」

  わかってる。あなたが負けず嫌いなことは。一緒に生活してきた私が一番。で
  も!私がそんなことを望んでいないことも知っているじゃない!それでもあな
  たは勝負に出るって言うの?

  私は普通に暮らしたかった。朝おきて「おはよう」を言い、家事をこなし、夫
  が帰ってきたら「おかえりなさい。先にご飯食べる?」と。裕福でもなく、貧
  乏でもなく。

  そうした普通の生活を望んでいたのに・・・

  夫は全財産を賭けに投じてしまうと言う。そこまでして億万長者になりたいと
  いうのだ。

  ・・・と言っても聞くような人じゃないのも一緒に暮らして来て分かっている。
  私たちは結婚してずっと一緒に暮らしてきたのだから。半分は諦めていた。普
  通の生活でなくてもいい。少なくとも子供に囲まれて幸せに暮らせれば・・・。

  「子供は一人当たり5万ドルだったよな?」

  ああ、と男の人。ああ、って・・・まさか?

  「3人いるんだよな?では15万ドルだね」
  「あなた!」

  相手の男の人の声と私の声が重なった。夫は黙って紙幣を受け取っている。あ
  なた、子供まで売るの?自分の名声のためには子供も売るのね?勝ちか負けか、
  それしかあなたは見えないの?お金なんかなくても負けなければいいじゃない。

  「すまん・・・」

  ただただ、頭をうなだれる夫に、私は何も言えなかった。子供たちより先に妻
  を売り飛ばして欲しかった。何より先に子供の幸せを考えて欲しかった・・・

  「悪いね、奥さん。配偶者は買い取れないんだよ。子供だけだ。それがルール
  だからね」

  私の考えを見透かしたかのように言う。もう何も言うことはなくなってしまった。

  私の最愛の夫の人生をかけた博打が始まろうとしていた・・・

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  「だめねぇ・・・ホントに勝負弱いんだから、あなたは」
  「いやぁ、やっぱり1/10の確率じゃあたらないよなー」
  「ふふっ、仕方ないわよ、負けてたんだもの。負けてたら最後のチャンスに賭
  けるしかないってのもつまらないゲームよね」

  私たちは最後の負け惜しみを言った。

  「しかし強いわよね、田中さん。もしかしてアレ?人生ゲームのプロなんじゃ
  ないの?」
  「えへへ・・・今日はツイてるだけだよ」

  私は財布から1万円を取り出すと田中さんに手渡した。今回のレートは1回1
  万円。ビリの人間がトップに支払うというルール。

  4チームでやっているので、ビリにさえならなければ支払う必要はないのに、
  うちの夫ったら勝たなきゃ意味がない、って言ってすぐに最後のルーレットを
  やろうとするのよね。ルーレットで当たれば全財産の10倍が手に入る代わり
  に外れたら0。要するに負けなの。

  毎年恒例のお正月、人生ゲーム大会。近くに住む友達夫婦4組でここ数年やっ
  ている。やりはじめると、お金がかかってることもあるけど結構熱くなれるの
  よね。ま、遊びの範囲内だから負けが込んでも何も言わないけど、ちょっと負
  けすぎてきたら、最後の勝負は控えてもらわないと。うちの夫はヒキが弱いか
  ら。

  「よし、もう1ゲームやるか!」

  夫の声。いくら負ければ気が済むのやら・・・勝負好きな夫にも困ったものね。

             ☆              ☆              ☆              ☆

<説明>
   まぁ、わからない人はいないと思うけど、一応説明。
   人生ゲームとはツクダオリジナル(だったと思う)が販売している一番有名
   なボードゲーム。各プレイヤーは自分の誕生から死ぬまでをすごろく形式で
   行い、最終的に一番お金を持っている人が勝者になる。途中で結婚や出産な
   どいろいろなイベントがあるのだが、一番のイベントは最後のルーレット。
   全財産をかけてルーレットを回す。0〜9までの数字が書かれたルーレット
   で、指定した数字が出れば10倍の金額がもらえ、外れれば一文無しである。
   まさにラストチャンス(笑)

   確か、本来は子供はゲーム終了後に清算(先に清算してラストチャンスで賭
   けることは出来ない)気がしたが、ここでは話の都合上子供を売ってかける
   のもOKにしました。というか地方ルールではそれでもOKだったはずだし。

   そもそもルール自体あんまり覚えてないんだけど・・・もう20年以上も親
   しまれ、いろいろなバージョンが出ている長寿ゲームです。家庭用TVゲー
   ムも出ているのでやったことない人はお試しあれ。結構熱くなれます(笑)

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