<6th Day:Takahata's Eye>

  「ほれ、入った入った」
  「あ、あの・・・お邪魔します」

  おそるおそる魔の領域に入っていく。廊下を見る限り見た目は普通の質素な感じなんだ
  けど・・・

  「ま、待った!」
  「ひっ!な、なんですか!」

  突然後ろからかすみさんの大声が聞こえてきた。

  「ち、ちょっとここで待ってて頂戴」
  「は、はい・・・」

  がさごそと扉の向こうで音を立てている・・・あらかた部屋の中を片づけているんだろ
  う。かすみさん、意外とずさんっぽいからな。

  「お、お待たせ」

  『きれいになりました?』などと神経を逆なでするようなことは死んでも言えないので
  黙っておくことに。玄関から中に入るとこじんまりとしたリビングと、ダイニング。向
  こうにも部屋があるみたいだ。っていうか1人で住むには広いんじゃないか?

  「広いですね」
  「うふふ。お買い得物件だったのよ〜。こんなに広くて月12万よ12万」
  「・・・」

  やはりこの人は金の使い方を根本から間違ってる気がする。というかだ、月12万も払っ
  たら生活できないぞ。キャリア組とは言え。パパでもいるのか?などとは言えないが。

  「まぁとりあえずお茶でも入れるわね。大人しく座ってて」
  「あ、は、はい・・・どうぞおかまいなく」

  って僕は別にお客じゃなくてだな・・・

  「まぁかたくるしいこと言わないで。これも捜査のうちよ」
  「・・・(どの辺が?)」

  かすみさんのいれたアールグレイ。うん。紅茶党な僕でも満足できる味だった。紅茶の
  何たるかを知ってる人のいれ方だ。

  「ん?そんなにあたしのいれた紅茶がおいしいかしら?ふふん」
  「ええ。僕、結構な紅茶マニアなんですが、なかなかおいしいですよ」
  「まぁ、あたしの場合、毎日アフタヌーンティーがあったからね、小さい時。スコーン
  を食べて、ゆっくりお茶飲んで、お昼寝するの」
  「・・・」
  「嘘に決まってるでしょ。つっこみなさいよ、そういう時は。んもう!」
  「す、すみません・・・」

  こういう時、僕はどうして言いのかわからなくなる。上司といえどもつっこんでいいも
  のなんだろうか。というより僕のリアクションを見て楽しんでるようにも見えるんだが。

  しばし休憩した後(ついて早々休憩か、というつっこみこそご勘弁)、本題に入る。リビ
  ングの片隅にあるパソコンを立ち上げる。もちろん操作は僕ではなくかすみさんがやっ
  ているのだが。

  『ふにょ〜ん。おっはよ〜。今日もがんばるしかないにょ〜。れっつ、ご〜』

  ・・・いきなりパソコンから訳のわからん女の子の声が聞こえてきた。これって・・・
  起動音ってやつ?

  「これがみなみちゃんの声。んもう。かわいいんだから〜」
  「・・・」

  手際よく例のソフトを起動して・・・ゲームが始まる。セーブしたデータから?

  「そそ。その例のシーンの直前でセーブしてあるから、結構すぐにたどり着けるわよ」
  「は、はぁ・・・」

  その問題のシーンまでは確かにこの間よりははるかに早くたどり着いた。というかだ、
  かすみさん、そのシーンの直前でセーブしてるって、つまり・・・

  「ん?別にあたしがそのエロエロなシーンがみたいからセーブしてるって思ってる?」
  「え、そ、そんなことないですけど・・・」
  「残念でした。この手のゲームは一度クリアすれば今まで見た画像はいつでも見られる
  仕組みになってるのよ。だからわざわざその直前でセーブしなくても全然OKなの」
  「は、はぁ・・・」

  分かるような分からないような。まぁ、大筋には関係ないからとりあえずはいいか。

  「そしてこれが問題のシーンね」

  この間見た画像が僕の目の前に広がる。設定上は18歳ということになってるらしいが、
  どう見ても小学生のような体型にしか見えない。しかもすごい髪型。髪の色も赤だし。
  正直なところこんなののどこがいいんだろう。

  そんなことより、仕事だ。とはいえ、僕の出番はない。かすみさんにすべてを任せるし
  かないのだ。かすみさんが画面を凝視している。まるでTVとにらめっこでもしてるみ
  たいだ。でも例のサブリミナル映像があったとしたら、かすみさんも殺人事件の一端に
  加わってしまうかもしれない。だからそれを阻止すべく僕がいるわけだ。かすみさんは
  僕が護るんだ。僕のことを理解してくれる大切な上司だし。

  「うーん・・・。目が疲れたわ」
  「おつかれさまです。大丈夫ですか?」

  2,30分くらい画面とにらめっこしていただろうか、かすみさん、ついに諦めたのか
  画面から目をそらしうつ伏せになって目を休めている。そりゃそうだよな、ずっと画面
  を凝視してたら誰だって目がつかれるよ。

  「で、どうだったんです?映像はありそうだったんですか?」
  「ん?さぁ・・・多分ないように思えるけど」
  「さぁ・・・って」
  「あたしだって機械じゃないんだから100%正しい結論なんて導けないわよ。多分な
  いと思うだけ。直感とも言えるかもしれないけど」

  かすみさんのPCには映像はなかったが飯田のPCには確かに映像があった。同じソフ
  トなのに映像があったりなかったりするのはなぜだ?本みたいに初版、第二版とかで内
  容が違ったりするって言うあれか?しかもいままで7人が殺害されているとしても、7
  人だけがサブリミナル映像を見たと仮定して、第二版を買ったのが7人しかいなかった
  というのも考えにくい。前にも同じようなことを考えたが、たとえば第二版(つまりサ
  ブリミナル映像入り)を買った人の中でそのシーンを見たのが7人しかいなかった?と
  いうことも考えにくいだろう。買った人はほぼ全員がそのシーンに到達するだろうし、
  それがある意味目的なんだろうし・・・

  では、どうして7人は殺害されたのか?本当に7人ともサブリミナル映像を見ていたの
  だろうか。他の人は見ていないのだろうか。見ていたとしたらどうしてもっと被害者が
  増えないのか?

  何らかの理由で被害者のPCにだけサブリミナル映像を入れられるとしたら?しかし、
  そんなことが可能なんだろうか・・・

  「かすみさん、インターネットシナリオって何ですか?」
  「ん?んなのどこに書いてあった?」
  「え、このRIAの箱に書いてありますよ。『インターネットシナリオシステム採用』っ
  て」

  なにげなく目に付いたのがRIAの箱だった。いくらPCに興味がない僕でもインターネ
  ットという言葉にくらいは反応するのだ。

  「ああ、それね。えっとね、RIAってもともとこのCD-ROMがもとのゲームなのはわかる
  わよね?」
  「え、ええ」
  「そのシナリオに飽きちゃった人用に、インターネットから新たなシナリオをダウンロ
  ードして、プレイできるって仕組みよ」
  「え?てことはシナリオをダウンロードすればいろいろのシナリオが楽しめるというわ
  けですか?」
  「そそ、そういうこと」

  なるほど。最近の飽きやすいユーザのための苦肉の策らしい。

  「かすみさんはそのインターネットシナリオってのはやらないんですか?」
  「ん?いつかやろうと思ってるんだけどね、なんか時間がなくて。それこそ山のように
  ゲームが出てるから、追いつかないわけよ」
  「は、はぁ・・・」

  とにかく、かすみさんのPCからは例のサブリミナル映像は見つからなかった(とかす
  みさんの自己申告)わけだ。サブリミナル映像の入ったPCを見つけるには、被害者の
  PCを調べるしかないのか。それだと新たな被害者になる人間を特定することは不可能
  になってしまう。

  「とりあえず、この件に関しては失敗ですね、かすみさん」
  「うーん、そうみたいね。とりあえず署にもどろうか」
  「はい」

  残念だけど、有力な手がかりにはならなかったようだ。