<5th Day:Takahata's Eye>

  結局その日は僕の友人のオタク(これからものを頼もうって奴をオタク呼ばわりしてい
  いんだろうか)は捕まらず、翌日再度捕まえにいく。

  もちろん、捕まえるとはいっても逮捕するわけじゃないけど、留置場にはブチこむこと
  になるだろう。あのかすみさんがそう決めたんだから。まぁいい経験になるんじゃない
  か?留置場に自分から入ることなんかめったになるんだから。

  「ここ?」
  「ええ」
  「なによ。この間のガイシャと同じようなボロアパートじゃないの」
  「得てしてそういうものなんですよ。同じ穴のムジナってやつですね」
  「まぁいいわ。そいつの頭脳が欲しいわけで首から下はどうでもいいしね」
  「・・・行きますよ」
  「ああん。まってよ〜」

  前日に散々電話でなしをつけておいたので今日こそはいるはずだ。ドアをノックする。
  ・・・ん?いないのか?

  「なによ。散々いるように言っておいて、いないじゃないの」
  「・・・オタクとはそういうものですからねぇ・・・」

  一応しつこくノックする。中に人がいそうな気配がない。

  「ちょっと・・・気になるわね。中に入るわよ」
  「あ、ち、ちょっと。なにやってるんですか!ドアを蹴破るつもりですか?大家さんの
  ところにいって鍵を借りてきましょうよ。刑事モノのドラマじゃないんですから!」

  まったく、かすみさんはときどき不思議な行動に出る時がある。テレビの見過ぎなんじ
  ゃないだろうかと思う時がたまにあるのだ。

  ギギギギ・・・・

  さすがボロアパート。1ヵ月3万くらいだろうか。4畳半、築20年以上で改築してい
  ないといった感じがにじみ出ている木造。廊下を歩くとギシギシ。

  「入りますよ」

  返事のない部屋の中に入っていく僕とかすみさん。まさか、という疑念が頭をよぎる。
  しかし2人ともそれを口にしたりはしない。

  一目で見渡せる部屋の中。奇麗に整理整頓されている。昨日のガイシャの部屋とはワケ
  が違う。

  「あら?オタクの部屋ってもっと、アレなんじゃないの?」
  「ええ、そのはずなんですけどね・・・」

  これには僕も驚いた。オタクの部屋といえば汚い・臭いが定説だったんだが・・・

  「とにかく、そのあなたの友達はいないみたいだけど・・・」
  「すっぽかされましたかね・・・申し訳ありません」
  「でも、こんなに整然としてる部屋の持ち主が約束を守らないとも考えにくいわね。な
  にか理由があるのかもしれない、と考えるのも普通かもしれない」
  「それはそうかもしれませんね。ちょっと待ってみます?」

  ・・・30分後。

  「はい、雨宮です・・・ええ・・・え?そ、そうですか・・・じゃぁそっちに向かいま
  すね。はい。では」

  そろそろ帰ろうかとかすみさんと考えていたところのことだった。不意にかすみさんの
  携帯が鳴る。着信音からするとデスクからだ。

  「どうしたんですか?かすみさん。またなにか起きちゃいました?」
  「そう。また起きちゃったのよ・・・」
  「7人目の被害者ですか?」
  「ピンポーン」
  「・・・まさかとは思いますが・・・」
  「ええ、そのまさかよ。殺されたのはこの部屋の主。『飯田 章』」
  「・・・そうですか・・・」
  「というわけで、現場に向かうわよ。高幡クン」
  「あ、は、はい」

  よりによって殺されるとは・・・偶然なんだろうか。いや、そんなことはないだろう。
  僕らが手がかりをつかんだことを犯人が知り、それで殺されたとしか思えない。そんな
  証拠はどこにもないんだけど。

  「当然場所は・・・」
  「タクシー来た!」

  え?タクシーでいくんですか?

  「いいじゃないの!電車でいったとしても2人で600円。タクシーつかったって10
  00円くらいなんだから、時間効率を考えたらタクシーがいいに決まってるじゃない!」
  「(へいへい)」

  あながち間違った論理ではないと思うが・・・どうにもかすみさんが言うとしっくりこ
  ないのは僕だけなんだろうか。

  場所は当然秋葉原。今度は駅前に広がる広大な駐車場のど真ん中で殺されていたらしい。
  ずっと止めてあった車の下に隠されていたため発見が遅くなったのだという。殺され方
  は今までと同一で背中から。ついに7人目の犠牲者が・・・しかも・・・親友とはいわ
  ないまでも、そこそこ親交があった友人が・・・。僕が捜査の手伝いを頼まなければこ
  んなことにはならなかったんだろうか?僕が殺してしまったのだろうか?僕の心の中に
  暗い影が過ぎる。刑事という仕事は常に死と隣り合わせなのは分かっている。が、他人
  まで巻き添えにする・・・自分が死ぬのは仕方がない。でも・・・

  「高幡クン。なに神妙にしてるのよ。キミのせいじゃないよ。あたしのせい。上司であ
  るあたしが悪いんだから」
  「い、いえ・・・そんなことはないです」
  「そ、そう?じゃぁ高幡クンのせいね」
  「・・・」

  僕は苦笑いするしかなかった。普段の僕なら一言くらい言い返したかもしれないけど。

  「高幡クン。今日はもういいわ。帰りなさい」
  「え?でも・・・」
  「そんなにグズグズされてても捜査の邪魔よ。そんな人間はここには必要ないの。とり
  あえず帰りなさい。明日までちょっと気持ちを落ち着けていらっしゃいな」
  「・・・」
  「んもう!なんでそんなに元気がないのかしらねぇ・・・ちょっと、雨宮と高幡、捜査
  で席を外すから、明日にでもで報告聞かせてね」

  かすみさん、後輩刑事にそう指示すると僕を連れてそうそうに現場を離れていった。と
  りあえず近くの喫茶店に僕を連れて行く。この喫茶店は安いし食事も出来ることで一部
  のアキハバラーには有名な店だ。

  「すみません・・・かすみさんはまだ仕事があるのに・・・」
  「ほら、大切な部下を置いてあたしだけ仕事してるってわけにはいかないでしょう?部
  下の心情を察して行動するのも上司の務めってヤツよ」
  「ふふっ・・・やっぱり仕事サボりたかっただけなんですね」
  「失礼ね。それだけじゃないわよ、もちろん」
  「・・・すみません。ありがとうございます」
  「まぁ1日ちょっとゆっくりして明日からまた気合入れて捜査しないとね。問題点が山
  積みなんだもの」
  「そうですね。ホントはこんなところで油売ってる場合じゃないし・・・」
  「その辺は気にしない気にしない。上司命令なんだから、ゆっくり休めばいいのよ。そ
  れともあたしと一緒に遊ぶ?」
  「え?あ、遊ぶって・・・」

  かすみさんが僕の頭を思いっきりはたく。痛いなぁ、もう。

  「アホなこといってるんじゃないわよ!・・・んもう。そんなこと言う余裕があるなら
  まだ元気な証拠ね。んじゃ、とりあえず適当に連れまわしたげる」
  「え?あっ、い、いたっ!そんなに手を引っ張らないでくださいよ〜」

  その日は結局いろいろなところを回らされた。なんか僕の知らない世界を垣間見た気が
  する。かすみさんはこんな世界に生きていたのか・・・と。僕の気が100%晴れたか
  というと無論それはないが、かすみさんの気持ちが嬉しくて・・・

  この時期には場違いなおでん屋台が出ていた。かすみさんは最後の仕上げだと、そこに
  連れて行く。コップ酒をチビリチビリとやりながら、かすみさんはぽつりとこんなこと
  を言った。

  「実はね、高幡クン。あたしも大の親友を捜査上でなくしてるの」
  「・・・」
  「高幡クンの例とはちょっと違うんだけどね。ちょうど麻薬中毒者が暴れてるって事件
  があって・・・。その人質になっていたのがあたしの大の親友だったの。もちろん人質
  最優先で解決に当たったんだけど・・・麻薬中毒になっちゃうともう自我がないから・
  ・・勢いで振り回していたナイフが彼女の首にかかって・・・」
  「・・・」
  「病院に運ばれていったけど、すぐに亡くなったわ。あたし、なんて言っていいのか全
  然わからなかった。当然、その友達の両親にも言われたわ。『おまえも人殺しの仲間と
  同じだ』って」
  「そ、それは筋が違うじゃないですか」
  「そう。筋が違うかもしれない。でも、殺された遺族の方からすればあたしたちと犯人
  の間の差なんかほとんどないのよ。助けられなければそれはあたしたちが殺したのと同
  じ・・・」
  「こんな言い方するのはあれだけど、遺族の方も勿論分かってるのよ。あたしたちを非
  難するのは筋違いだってことくらい。でもあたしたちに言う以外誰に言えばいいの?」
  「・・・」
  「警察って商売はサービス業よ。ある程度の自己犠牲も必要になってくるわけ。あたし
  たちは仕事中は自分を捨てなきゃいけないのよね。友人とか知り合いとかそういう個人
  的な感情は捨てなきゃいけないの」
  「・・・」
  「でないとあたし自身もつらい思いをするから・・・」
  「かすみさん・・・」

  うつむいたかすみさん。泣いているのかな?と思ったのだが、顔を上げた時にはもうい
  つものかすみさんに戻っていた。

  「そういうことよ。高幡クン。こんなことでめげてたらもっと悲惨なことがあったとき
  に対応できないぞ!」
  「は、はい」
  「ほれ!飲め飲め。明日は二日酔いになるくらい飲んどけ!」

  事実翌日二日酔いになるくらい飲ませられ、帰宅した時にはすでに明け方になっていた。
  夜は早く寝ないと気が済まないかすみさんが明け方まで僕と付き合ってくれたという事
  実がすごく嬉しかったのだ。僕は眠れなかった。

  翌日も休むわけにはいかず、デスクに向かうと・・・とんでもない事実を思い出したの
  だった。