<10th Day:View>

  数日後。

  今日も机の上でパソコン雑誌を広げ、しきりに読みふけっている女が約1名と、それを
  困った顔で見つめ、ため息をしつつ取り上げる男の部下が約1名。

  「おい!なんであたしの雑誌取るのよ!しかも上司の雑誌!」
  「上司の雑誌!じゃありませんよ。勤務時間中です。それに報告書が残ってるでしょう
  に!」
  「・・・任せた」
  「え?良く聞こえませんでしたが」
  「高幡クンに任せる!あたしは雑誌読んでるから」

  肩をすくめ半ばあきれる高幡。どうやらかすみは今回の事件の報告書を書きたくないら
  しい。確かに、この顛末からすれば当然とも言えることだが。かといって、高幡が変わ
  りに書くわけにも行かない。担当が決まっているので、おいそれとは替えられないし、
  第一高幡は報告書を書ける階級ではない。

  「だから、きちんと書いてくださいよ・・・何時までたっても出来なくて、本部長に怒
  られますよ!」
  「変わりに怒られといて。上司命令」
  「んもう!そんなこといわれてももう怒られてるんですって!」

  かすみには当然、自分が書かなくてはいけないことくらい十分に承知している。が、報
  告すれば、たちまち新聞がかぎつけ、森山家へ押しかけるだろう。そして、

  『サイバー美少女自らの命と引き換えに8人を殺害』

  などという見出しで大々的に報道するに違いないのだ。そうなると森山ゆみの家族には
  かなりの負担。それを心配して書かないでいるのだった。

  「かすみさん・・・気持ちは分かりますよ。でも、刑事の仕事です。これが家族だった
  としても報告はしなければいけないんです。そんなこと僕に言われなくったってわかっ
  てるでしょう?」
  「・・・」
  「さっさと書いてゆみちゃんの冥福を祈りましょうよ。そのためにわざわざゆみちゃん
  はかすみさんにあんなメッセージを残しておいてくれたんですよ」
  「・・・」

  それも分かってはいるのだが、なぜか実行に移せないかすみ。不意に携帯が鳴った。

  「はい、高幡です。え?は、はぁ。それは良かったですね。ええ、伝えておきます。は
  い。では」
  「・・・」
  「川俣ですが、意識を取り戻したそうです。当分入院は続きますが、命に別状はないと
  のことみたいです」

  多少心を動かされたかすみ。

  「そっか・・・また販促品くれるかな」
  「くれると思いますよ。かすみさんが行けば」
  「そ、そうかなぁ。じゃぁDILOSの販促品もらおう!」

  さっきまでのブルーはどこへやら、いつものかすみが戻って来た。

  「(おいおい、販促品だけで復活できるのか?)」
  「あ?なにか言った?」
  「いいえ」
  「んじゃ報告書よろしく」

  言うが早いか署を出て行くかすみ。行く先は・・・

  「かすみさん!報告書は自分で書いてくださいねっ!」
  「高幡クンあとはよろしく〜。あたしはDILOSの予約をしに行かなきゃ!」
  「・・・」

  猛然とダッシュするかすみ。それを見送る高幡。これが仕事場のみの関係ならず家庭生
  活での関係になるのにはあと1年ほどかかることになる。

  「はぁ・・・ま、いつものかすみさんに戻っただけマシか・・・いや、いっそのことさ
  っきのままの方が警察全体からしたら良かったんじゃないか・・・」

  署の入り口の前でかすみを見送るような形になり、つい本音を吐いてしまった高幡。

  「ん〜〜〜、そういうこというのカネ、チミは。ん?」
  「あ!」

  お約束のように高幡の後ろに立っていたのは・・・かすみ。見送ったはずなのに、なぜ?
  というようなツッコミはこの際してはいけない。

  「チミはそういうことをいうのかね。ふぅん・・・今年の査定が楽しみね。ふふっ」
  「え、あ、い、いえ・・・それはそういう意味じゃなくてですね・・・」

  この2人、なんだかんだで、結構息が合っているコンビなのかもしれない。

  「じゃ、行ってくるわね」

  言うが早いか、また猛然とダッシュをするかすみ。呆然と見送る高幡。

  「ふぅ・・・これもまたかすみさんらしくていいか。仕方ない。とりあえず報告書でも
  書いておくか。でも清書だけはきちんとやってもらわないとな」

  満足げに、署内に戻っていく高幡。自席に戻って報告書を作成し始めた。ま、上司がそ
  れなりに有能(というのか?)であるから、これくらいは自分が受け持ってもいいだろう
  という意識は多いにある。かすみの頭は報告書なんぞにつかうのはもったいない。だか
  らこそこうして報告書を書いていい身分ではない高幡が書いているのだが。

  「しっかし、どうやってまとめるかなぁ・・・。電脳犯罪、とでも言うべきなんだろう
  か・・・ある意味、完全犯罪だよな、これ・・・真面目に書いたら上層部は却下するに
  決まってるからなぁ・・・」

  ゆみが独白としてかすみあてにメモを残していなければ犯人は分からずじまいだったこ
  とを考えると、これは一種の完全犯罪と言えるかもしれない。8人目が自殺した時点で
  警察内部では事件は解決の方向に向かっていたことを考えてみる。あのまま解決してい
  たら、この事件は・・・でも、その方がかすみさんは幸せだったのだろうか・・・

  そんなことを考えつつ、黙々と報告書を作成していく。

  第1の殺人から、第7の殺人までは殺害者が被害者になっていた。つまり第1の殺人者
  は第2の殺人者に殺され、第2の殺人者は第3の殺人者に・・・と。そして第7の殺人
  者は第8の殺人者に殺された。残った第8の殺人者は自殺・・・と。

  ちょっとまて、高幡はふと考えた。すっかり忘れていたが、例の時間的矛盾はどうなっ
  たんだ?飯田の推定死亡時刻は4日目の深夜。でも僕が飯田に協力してくれと頼みにい
  ったのは4日目の昼。そこまではいい。でも僕はその日の夜、飯田に電話をしている。
  そこで、飯田とはっきり会話したんだ。あの矛盾をどう説明するんだ?またゆみちゃん
  のトリックなのか?そのことに関してはかすみさんは何も言っていなかった。というこ
  とはゆみちゃんからは謎の解明はなかったということか・・・もしかして、もしかする
  と僕、ホントに飯田の留守電と会話してたのかもしれないな・・・まだ飯田の部屋、残
  ってるかな。留守電をちょっと聞いてみるか。

  「はい、飯田です。・・・え?・・・ああ、わかった。それじゃ・・・ピー」

  ん?なんだ?留守電?留守電なのはいいんだが、問題はその内容だ。この会話、僕がこ
  の前電話した時と同じじゃないか!こんな紛らわしい留守電を使ってたのか!

  「そういうことね」

  すでにかすみは帰ってきていた。手にはいっぱいの荷物を抱えて。当然のことながら、
  寄り道してきたらしい。

  「すんごい取れるUFOキャッチャーがあってさ。なんかおもいっきし取ってきちゃっ
  た。うちに持って帰るの面倒だなぁ。よし、高幡クン!君に半分あげる!」
  「え?い、いらないですよ〜」
  「だめ!上司命令」
  「そんなぁ・・・」

  手にいっぱい持っていたかすみの荷物(というよりは景品)を、高幡に手渡した。ありが
  た迷惑な顔でかすみを睨んでいる高幡だが、文句も言えない。

  「あのあと飯田の留守電を聞いてみたの。いかにもって感じだったわけ。あれ?言って
  なかったっけ?」
  「・・・そういうことはもっと早くいってください」

  結局のところ、高幡が会話していたのはただの留守番電話で、ゆみとは直接の関連がな
  かったことが判明した。

  「あ〜あ、まったく、高幡クンの早とちりにも困ったものね〜」
  「ち、ちょっと待ってください。かすみさんだって、僕の言うこと信じてくれたじゃな
  いですか!これにはなにか裏があるって!」
  「あ〜ら、そうだったかしらぁ?」

  すっとぼけてみせるかすみ。かすみの逃げの常套手段。こうなると高幡がいくら言って
  も勝ち目はない。

  「いいですよ。どうせ僕1人のせいですよ・・・ブツブツ」
  「ふふっ。いじめがいがある部下を持ってあたしは幸せね」
  「・・・」
  「なによ。文句あるの?」
  「・・・いいえ」
  「さ、さっさと報告書書いて、今日もビールをのみに行くわよ!」
  「今日も暑いですしね。お供します」
  「じゃ、さっさと書いて」
  「・・・へ?」
  「『へ?』じゃないわよ早く報告書書かないと連れてかないわよ」
  「・・・」

  このコンビ。これでいて結構うまくいっているのであった。