<9th Day:Kasumi's Eye>

  高幡クンに後のことは任せた・・・し。それじゃ、ボタンを押しますか。タイマーがあ
  るから、残り時間は・・・あと5分か。じゃぁギリギリまで待たないとね。避難誘導し
  てるはずだから。

  ゆみちゃん・・・どうしてこんなこと考えてしまったのかしら。というよりは、ゆみち
  ゃんが結局連続殺人をしていたということなの?そのあたりの解決は何にもされていな
  いわね・・・なんかあたし、刑事失格かしら。

  自分の命が危険にさらされてるというのに、なんか結構平然としてるね、あたし。爆発
  に巻き込まれて死ぬかもしれないって言うのにね。

  さて、どっちを押すのか決めないと。何の変哲もない赤と緑のボタン。どっちかしら。
  どっちでもいいわ。だって、ゆみちゃんの辛い思いを考えたら、あたし殺されてもおか
  しくないものね。ゆみちゃんがあたしに恨みを持って当然。だから爆発してくれてもい
  い。

  よし。緑!

  あたしは両手で緑のボタンをおさえた。こういうときはやっぱりこう言わないとしまり
  がないわよね。えいっ、いくわよ。独り言よろしく、

  「・・・ぽちっとな」

  数瞬の沈黙。すると・・・

  ピーーーーーーーーーーーーーー

  という音とともに、タイマーが停止した。ということは、どうやら助かったということ
  なのかしら。

  爆弾は不発に終わったってことでいいのかしら・・・なんかドキドキした。命拾いした
  というのはまさにこのことなのかしら。額に汗がにじんでる。あたしでも緊張すること
  があったのね。自分で言うのもなんだけど。

  パソコンデスクの下から頭をだして、大きく深呼吸する。生きてるんだ・・・

  ふと、パソコンからオルゴールのような音色の曲が流れてきた。もの悲しい曲が。画面
  がいつのまにか切り替わっていて、またゆみちゃんからのメッセージが載せられていた。

    *************************************************************************

         かすみさん へ

      これを読んでいるということは、爆発は回避できたんですね。おめでと
      うございます。いえ、かすみさんなら絶対どちらかのボタンを押してく
      れると思ってました。

      結果から言えば、どちらを押しても爆発なんかしません。いいえ、爆弾
      はありますよ。押し入れを見てもらえればわかると思いますけど。これ
      でも一生懸命勉強して作ったんですから。素人でも結構簡単に出来ちゃ
      うんですね。

      上にも書いたように、どちらを押しても爆発はしません。だって、やっ
      ぱりかすみさんは私のことを家族と同じくらい心配してくれた人だもの、
      殺せるわけがありません。確かに少しはうらんでるけど、それはかすみ
      さんを、じゃなくて、警察を、だものね。だから、かすみさんを殺すよ
      うなマネは出来るわけない。

      さっきの文章を書いている間は殺すつもりで、両方とも起爆装置に繋げ
      ておいたんだけど・・・。

      きっと、迷惑がかかってるでしょうね。ホントにごめんなさい。

      ここまで来たんだから、もうかすみさんにはすべてのことがわかってる
      と思うんだけど・・・証拠ってのがいるんでしょ?こういう事件には。
      だから、一応書いて置くね。これは私の遺書でもあるから。


      私が犯されたあの日、ビルの裏手に連れて行かれる直前、8人とすれ違
      ったの。その時、私、もう体もボロボロで服もボロボロ。どうみてもな
      にかあった、という格好だったはずなのに、そいつら、素通りしていっ
      た。見て見ぬふりしやがったの。

      犯人は捕まらなかったけど、そいつらの顔はきちんと覚えていたわ。そ
      こから私の復讐は始まった。そいつらを殺してやりたい、と。

      まずはそいつらの身元を調べること。とりあえず身元が分からないと話
      にならないものね。そして全員オタクっぽいことも判明し、YEKのRIAを
      購入してることも突き止めた。犯行計画を思い付いたのはこのころかな。

      私は一生懸命勉強してインターネットについて調べた。なんとかして、
      ゲームの中に特殊な映像を混ぜてサブリミナル状態にし、洗脳して殺そ
      うと計画した。そして、計画を実行に移し終えた時、私は自殺した。も
      うあとは私のパソコンがすべて自動やってくれる。

      えっと、どの話だっけ。あ、サブリミナルの話ね。

      サブリミナル状態にすることは勉強すればさほど難しいことじゃなかっ
      たんだけど、問題はそれをどうやって本人たちに見させるかだった。

      手っ取り早い方法として電子メールがあった。YEKのメールを装って新
      シナリオ配信と偽り、オリジナルとは異なるバージョンの.EXEファイル
      を上書きさせた。もちろん、この.EXEはサブリミナル映像いり。

      サブリミナル映像を見た人間(いえ、正確に言えばサブリミナル映像を
      見たことで洗脳され、URLを見てしまった人間)は無性に人を殺したくな
      る衝動にかられる。そして、背中からめった刺しにする。Bにメールを
      送ってAを殺させ、それが完了したのを見計らってCにメールを送り、
      Bを殺させる。そしてDにメールを送りCを殺させる。順々に殺人をさ
      せて・・・最後に残った8人目は別のサブリミナル映像で自殺に見せか
      ける。これで一応完全犯罪かしら。犯人はすでに自殺しているのにね。

      その間に別な人が見たらその人間は自殺するようにサブリミナル映像を
      組み込んであるわ。その人たちには可哀相だけど・・・でも長時間見入
      っていなければ発動しないはずだから、普通の人は問題ないはずなの。
      あのオタクたちだったら、間違いなく見入るだろうから・・・ね。

      じゃあなんでこのパソコンからそのURLを見てるかすみさんは平気なの
      かって?IPアドレスできちんと判断してるから平気なのよ。ま、そこま
      で難しい話をしても仕方がないけどね。うちのパソコンからは殺人映像
      は流れない仕組みになってるワケ。かすみさんは、きっとここに来て、
      このURLを見るだろうと思ってたから。

      これで、とりあえず目的は達成されたはず・・・かすみさんがここに来
      るのが早ければ殺人連鎖の間で止められたかもしれないけど・・・どう
      かしら。

      私の復讐はこれで終わり。かすみさんには迷惑かけちゃって本当にごめ
      んなさい。でも私、許せなかったの。人の不幸を見て見ぬふりする奴等
      が。最近の若い者は、若い者は、って良く言うけど、若い者だけじゃな
      くて、若くなくても常識からはずれた行動をとる人って結構多いよね。
      そのくせ最近の若い者はとか言って年の功を強調する。それっておかし
      いと思わない?他人がどうなろうとお構いなし、自分さえよければそれ
      でOK。他人が犯されてても、自分に危険が降りかかるから助けない。
      それって人間として正しいの?社会に生きるものとして正しい決断なの?
      私はおかしいと思う。そんなやつらが我慢できなかった・・・だから計
      画を実行に移した。私の人生最期の置き土産として。

      願わくば、かすみさんがこれを読んだ時に殺人が完了していますように。

                                                              ゆみ

    *************************************************************************

  ゆみちゃん・・・そんなに思いつめていたの?あたしには一言も相談してくれなかった
  じゃない!なんでそんな大事なことを相談してくれないのよ!親友じゃなかったの?あ
  たしの目からはとめどもなく涙が流れてきていた。ゆみちゃん・・・ごめんね、あなた
  の力になってあげられなかった。ずっと、ほとんど毎日一緒にいたのに、全然そんな思
  いに気付いてあげられなかった。ごめんね、ごめんね・・・

  ゆみちゃんは、みずからの命と引き換えに恨みを晴らそうとしたのね・・・でも、それ
  が正しいことだとはさすがに言えない。あたしは刑事だし、理由はどうあれ殺人は許さ
  れるべきことではない。あたしは、ゆみちゃんをかばってあげたいけど・・・かばって
  あげられない。

  とりあえず一件落着・・・なはずなのに、いまいち釈然としない・・・署に戻ろう。

           ☆              ☆              ☆              ☆

  自分の席に座って・・・考え事。とはいえ、何も考えないけど。ボーッとしてるだけで、
  何もしない。腑抜け状態。大好きなロイヤルミルクティが喉を通っても喜びを感じない。
  
  ・・・事件的には確かに円満解決したのかもしれないけど・・・

  「かすみさん・・・」

  高幡クンの声が耳に入るけど、返事をする気力がない。今はそんな気分じゃないや。悪
  いけど。

  あたしはゆみちゃんに裏切られたようなそんな感じがした。ゆみちゃんは自殺までして
  人殺しをしたかったのだろうか。あたしが毎週通っている間も着々と準備を進めていた
  のだろうか。あたしはどうしてそれに気付かなかったのだろうか。どうしてあたしはそ
  れを未然に防ぐ事が出来なかったのだろうか。ゆみちゃんが自殺しなければこの事件は
  きっと起きなかった。あたしがもっと努力していればゆみちゃんは自殺しなかった。あ
  たしが頑張ら  なかったがために8人の死者と1人の重体を出す結果になってしまった
  わけで、あたしが殺したのも同じ。

  「かすみさん、あんまり思いつめると体に悪いですよ。今日はとことん飲みましょうよ!」
  「うーん、別にそんな気分じゃないのよね・・・」
  「いいんですよ。僕が誘ってるんです。おごりますから!」

  言われるがままに手を引かれ、連れて行かれた。あたしは失意のどん底と言った状態で
  どうしようもなかった。ここから先の話は後日、高幡クンから聞いた話。なんでも、お
  酒飲んで何かのスイッチが入ったらしく、号泣し始めて高幡クン、どうしていいのか分
  からなくなっちゃったんだとか。周りのお客さんからは怪訝そうな顔で見られたらしい。
  それは悪いことしたと思うけど、記憶にないので却下。

  結局、ベロンベロンに酔ったあたしを相変わらずマンションまで送ってくれる紳士高幡
  には感謝してるけどね。