<9th Day:Kasumi's Eye>

  まさか、あのゆみちゃんの画像だったとは。しかし、なぜゆみちゃんがあのサブリミナ
  ル映像に使われていたのだろう。ゆみちゃんとYEKの関係は?というよりゆみちゃんと
  犯人の関係は?ゆみちゃんの家に行けばすべてが解明される。そんな気がする。

  ゆみちゃんのうちに行くのは久しぶり。ゆみちゃんが亡くなる直前に行ったっきりだか
  ら、1年ぶりかな・・・そういえば、もう1年たってしまったのね。

  ん?1年?

  あたしの中で記憶がうずめく。あたしの脳裏には・・・花束。

  そう。秋葉原を歩いている途中で見つけた花束、それこそゆみちゃんに宛てた花束。1
  年前、ゆみちゃんはそこで犯され、自らの人生に幕を閉じる結果となってしまった。そ
  れがあの場所。あたしとしたことがすっかり忘れてしまっていた。少し考えれば分かっ
  たはずなのに!自分をうらみたくなる。

  森山家は都心から20分くらいの閑静な住宅街の中にある普通のお宅。お父さんも普通
  の会社員。お母さんは主婦。ごくごく平凡な家庭・・・。ここに足を運ぶのも久しぶり
  になる。家庭教師のように毎週通ってた時期があったっけ。でも通ってもやってること
  は勉強でも何でもなくて、他愛もないおしゃべりや、ゲーム。ぶっちゃけていえば、遊
  びに行っていたみたいなものかもしれないわね。あたしも仕事で行ってはいた(もちろ
  んゆみちゃんからいろいろと情報を聞き出すのが仕事だもの)んだけど、いつしか友達
  みたいな関係に・・・とっても素直ないい娘だったのに・・・

  ピンポーン。

  玄関のドアが開くと、お母さん。

  「お久しぶりです、お母さん」
  「あ、あら、かすみちゃんじゃないの!ひさしぶりねぇ・・・どうしたの?」
  「いえ、もう1年ですから・・・ひさしぶりにゆみちゃんに会いに来たんですけど・・
  ・あわせて頂いてもよろしいですか?」
  「まぁ、わざわざゆみのために?ありがとうね。ささ、遠慮しないで上がってちょうだ
  い。ゆみも喜んでくれるわ」

  お母さん、やはり少しやつれている感じ。1年たってもまだ心の傷は癒えないのでしょ
  う。お母さんに、さりげなく尋ねてみた。あの花束のことを。返事はYESだったわ。
  あの花束はお母さんが供えていったものだったのね。でも、あんな道端に置いたら、誰
  かに踏み潰されちゃうと思うけど・・・どこか抜けてるところは、ゆみちゃんとお母さ
  ん、そっくりね。

  1年ぶりの森山家。まずは仏壇に手を合わせてゆみちゃんにご挨拶。ひさしぶりね。元
  気にしてる?死んだ人に元気と聞くのもヘンね。ま、いっか。あたしは見ての通り元気
  よ。ゆみちゃんと遊んでるの、楽しかったんだから・・・もちろん、仕事だってのもあ
  ったかもしれないけどね、ゆみちゃんのこととっても好きだったんだよ。今日は、とっ
  ても大事な用で来たの。もしかしたら、ゆみちゃん、わかってるんじゃないかしら。あ
  たしがここに来た理由。でもあたしはここで何が起こるかわからない。ゆみちゃんの気
  持ち、教えてもらいに来たの。ここに来れば教えてもらえると思って・・・

  「わたしもね、最近になってようやくインターネットってやつを始めたんですよ」
  「へぇ、そうなんですか。すんなり行きました?」
  「そーれが全然。結局業者呼んで全部セットしてもらってようやく繋がったって感じで」
  「まぁ、難しいですからね、素人には。あたしも最初はチンプンカンプンでしたし」

  お母さん、居住まいを正してあたしの方に向き直って一言。

  「ただ、ゆみに会いに来たわけじゃないんでしょう?理由を聞かせて」
  「・・・」
  「・・・」
  「理由は、あたしもわからないんです。ある事件の捜査をしてたんですが、そこからゆ
  みちゃんに繋がったんです。だから、すこしゆみちゃんについてもう一度調べさせても
  らえないかと思って・・・」
  「・・・そうだったの。事件・・・」
  「なにか心当たりがあるんですか?」
  「・・・いいえ、ただ・・・」

  ゆみちゃん、自殺する前、しきりにインターネットの勉強をしていたという。なにやら
  難しい本やら、プログラムの本やら。それと、探偵の真似事みたいなことも。なんでも、
  役所に行って戸籍謄本を見せてもらったり・・・彼女は彼女なりに犯人を捜したかった
  んじゃないかと思って、敢えて何も言わなかった、と。

  「そうなんですか・・・ゆみちゃんのお部屋、まだあるんですか?」
  「もちろん。当時のままにしてあるのよ。なんだか、今でもゆみが帰ってくるような気
  がして・・・あ、パソコンはわたしが使ってるから多少変わっちゃってるかもしれない
  わよ」

  ・・・まさか、再インストールとかしていたら・・・

  「何?再インストールって?」

  ・・・それは大丈夫そうね。

             ☆              ☆              ☆              ☆

  1年ぶりのゆみちゃんの部屋、なんかサイバーチックな雰囲気。部屋の中には本が山積
  みだし・・・去年まではぬいぐるみとかいろいろかわいいものとか置いてあったのに。

  「どうぞ、好きに使ってちょうだいね。かすみちゃんなら、ゆみも喜ぶでしょうし」
  「はい、すみません」

  山積みの本は・・・え?『ネットワーク入門』?『TCP/IP実戦』?なんなの?ゆみちゃ
  んってば、こんな本を読んで勉強してたの?すごい・・・

  その山積みの本の中から一冊の本を見つけるのに手間はかからなかった。

  『ネットクラックのワザ100』

  え?クラックって・・・俗に言うハッキングのことでしょ?なんでゆみちゃんが・・・
  あたしのなかで不安が渦を巻いている。一番見てはいけない結末すなわちバッドエンド
  なんじゃないか・・・そしてあたしはもっと大切なものをその山積みの本の中から見つ
  けるのを忘れていた・・・

  ゆみちゃんのパソコンの電源を入れる。ピポッ!と電子音。至って普通だ。画面も普通
  だし。特に変わった様子もない。ログイン画面もなくすんなりWindowsが立ち上がって
  いた。

  「とくに問題はないわね・・・どこかに手がかりになるようなデータはないかしら」

  とりあえず片っ端からそれっぽいデータを探してみることにした。こいつは難作業。な
  んだかディレクトリがいっぱいあるんですけど・・・あたしが来てたころは全然なかっ
  たのに・・・

  Cドライブのルート(つまりC:\)から順々に探していくこと数十分。あたしはあるディ
  レクトリにたどり着いた。いや、たどり着いてしまった・・・

  ディレクトリ名・・・akiba

  秋葉原のことをアキバと略して呼ぶのは秋葉原に行き慣れた人がほとんど。ゆみちゃん、
  去年までは秋葉原のことは「あきはばら」と呼んでいたはず。ということは、あたしと
  あわなくなった数日〜数週間の間で秋葉原に詳しい人間になったということを意味して
  いる。しかし、どうして?恐ろしい想像が全身を駆け巡る。それほど暑くもないのに冷
  や汗。とにかく、開いてみないことには始まらないわね。あたしも刑事。調べるしかな
  い。

  ディレクトリの中には、数枚の画像(.jpegファイル)とプログラムらしき.exeファイル
  があった。

  yumi.jpeg
  url.jpeg
  go.exe
    :
    :
    :

  ピロロロロロ・・・・ピロロロロロ・・・・

  不意にあたしの携帯がやかましい音を立てて鳴り始めた。んもう!人が冷や汗流しなが
  ら調べてるんだから、もう少し静かに鳴りなさいよっ!ん?高幡クン?

  「もしもし、かすみさん?高幡です」
  「はいはい。ったく、こっちはドキドキしながら作業してるって言うのに!」
  「は?なんですか?良く聞こえないんですが」
  「もういいわよ!なによ。こんな状況で呼び出したからにはなにか吉報なんでしょうね
  ぇ!」
  「・・・とりあえず吉報だと思います」
  「んもう!さっさと言いなさい」
  「例のサブリミナル映像ですが、あと1枚の画像が見えました」
  「・・・」
  「URLが書いてあったんですよ」
  「・・・」
  「そこに見に行こうかどうしようか迷ってたんで、かすみさんに聞いてからにしようと
  思ったんです」
  「見ちゃだめ。見ない方がいいと思う。万が一高幡クンたちが洗脳されちゃったら困る
  わ」
  「そ、そうですか・・・僕も興味あるんですけど・・・」
  「これは上司命令。見てはダメ」
  「・・・はい。で、そのURLですが・・・」

  プチッ。

  あたしはここで携帯を切った。切っただけではなく、電源もオフに。これで誰にも邪魔
  されずに作業が出来る。高幡クンには悪いことしちゃったけど、あとはあたしの問題。
  高幡クンはこれでとりあえずあたしの居場所を探そうとするでしょうから、それまでの
  間、時間が稼げるかしら。

  あたしももちろんこわい。でも、これはあたしの役目。ゆみちゃんがあたしを呼んでい
  る。だから、あたしの役目。

  おそるおそるyumi.jpegというファイルを開く。

  !!!

  やはり想像通りだった。yumi.jpegは、サブリミナル映像で使われていた赤いリボンの
  女の子、つまり森山ゆみちゃん自身だった。でも、なぜ同じ画像がここにあるのか。ち
  ょっとまって。とりあえずサブリミナル映像に関してはただの.jpegファイルだし、洗
  脳される可能性はないんじゃない?サブリミナル映像は一瞬だけ見えるから脳に焼き付
  いて洗脳されるんであって、そのものをずっと眺めているぶんには問題がないじゃない。

  少し安心したかな。でも、ゆみちゃんの画像が使われていたこと、ここに同じ画像があ
  ることを考えるとまったく安心してる場合じゃないわよね・・・

  URL.jpegを開く。なんのことはないその辺のcomドメインのURLが出てきた。この2枚の
  映像だけで、殺人ないしは自殺を洗脳できるとは思えない。このURLは・・・まさに洗
  脳への扉と考えるのが普通かしら。しかし、洗脳への扉であるとすれば、この画像を持
  ってるゆみちゃんは・・・

  みるしかない。あたしは最後まで見届けなきゃいけない。それは、刑事としてではなく
  1人の友達として。親友として。ゆみちゃんの思っていること、考えていることを知り
  たい。知らなきゃいけない。だから、あたしはURLを打ち込んでその先に何があるのか
  調べなきゃいけない。あたし自身のため。そして・・・ゆみちゃんのため。

  インターネットに接続して(もちろんお母さんの許可はもらったわよ!)、該当のURLを
  入力する。この先何が起きるかわからない・・・もしかしたらあたしも9人の被害者と
  同じように洗脳されて自殺させられるかもしれない・・・でも、あたしは進まなきゃ。

  つばを飲み込む。心臓の音がそのまま耳に響いてくるようだ。いまにも飛び出しそうな
  くらい高鳴っている心臓。

  とにかく先に進めなきゃ!Enterキーを叩くように押した。

             ☆              ☆              ☆              ☆

  そこに現れたのは文字がいっぱい書き込まれたページだった。ところどころに見慣れた
  単語がみえる。「かすみ」「お母さん」「ゆみ」・・・

  上から読んでみることにした。ホントは恐くて読めないんだけど・・・

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         かすみさん へ

      これを読んでいるのは他の誰でもないかすみさんだと私は信じています。
      やっと、かな?それとも、もう、かな?とにかくお久しぶり。

      お久しぶりというのもおかしいね。これを読むころには私はもうこの世
      にはいないんだもの。

      もう疲れちゃいました。あの1年前の忌々しい記憶が今でもよみがえり
      ます。起きていても、寝ていても、いつでも襲ってくるあの日の記憶。
      忘れろといわれても忘れることなんか出来なかった。あの日以来、1人
      で外を歩くことも出来なくなった。誰も彼もが恐く感じるようになった。

      かすみさんはそんな私をしっかりと抱き止めてくれた。本当にうれしか
      ったんだ。家族以外にもこんな優しくしてくれる人がいたんだ、って。
      でも、そんな人はごく一部でしかないの。やっぱり、私の周りには恐い
      人間関係しかなかったの。友達も私の側から遠ざかっていった。誰一人
      として、以前のように付き合ってくれるような人はいなかった。

      かすみさん、本当にありがとう。私はかすみさんのおかげで最後まで人
      間をうらまずにすんだんだもの。かすみさんがいなければ、私はどうな
      っていたかわからない・・・

      でも、ごめんなさい。私はあなたに感謝している反面、憎んでもいます。
      結果として誰一人捜査を続けてくれなかったあの事件。適当に事情聴取
      だけしておきながら、犯人一人捕まえられなかった無能な警察。かすみ
      さんもその仲間。だから、憎んでます。

      死んでもらいます。殺します。私は、あなたを。

      このパソコンデスクの下に二つのボタンがあるよね?それ、この家の中
      に仕掛けておいた起爆剤に繋がってます。どちらかは線を切っておきま
      した。どちらかは必ず爆発します。これを読み終わるころにはあと10
      分くらいになっているはずですので、早く押さないと間に合わないと思
      うよ。

      こんな形で恨みを晴らすこと私を許してください。お母さん、ごめんな
      さい。

                                                              ゆみ

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