<9th Day:Takahata's Eye>

  日付が0時を回った。つまり翌日になったということだ。かすみさんはデスクの上に突
  っ伏して爆睡している。川俣からの連絡があるまで起こすなとの命令だ。かくして僕が
  起きて待っていなければならないというお約束の状況になっている。

  川俣自体は今日の深夜と言っていた。深夜って何時だろ・・・別に明日の朝でも良かっ
  たんじゃないのかな・・・かすみさん、結構知りたがりだから、早く結果が知りたいん
  だろうな・・・じゃぁ寝るなよ、とはさすがに言えない。

  気がつくと1時、2時を回っていた・・・本当に連絡来るのかな?というよりは状況く
  らい連絡くれたっていいんじゃないか?

  そんなことを考えながら、ボーッと過ごすこと4時間。なんだかんだで、僕自身も寝て
  しまったようだ。幸い僕は携帯などの音には敏感なので、鳴れば目が覚めるような体。

  目が覚めたころには外は白んでいた。2時間くらい寝ちゃったのかな?まぁ僕が起きな
  かったということは連絡はこなかったということだろう。連絡がこないなどということ
  があるんだろうか。あれだけかすみさんから念を押された川俣が・・・

  「う、ううん・・・」

  あ、かすみさんも起きたようだ。良かった、起こすことにならなくて。起こしたらどん
  なことになるかわからない。寝起きが悪いからな・・・自分から起きてくれてホントに
  よかった。

  「ん?高幡クン、結局連絡は?」
  「ええ、なかったみたいです・・・」
  「ふぅん、あの律義そうな川俣から連絡がまったくないってのはなんか気になるわね」
  「・・・(律義なんじゃなくて恐れてるんだって)」

  しかし連絡がなかったことはやはり不審だ。気になるということで朝早いが川俣のオフ
  ィス(つまりYEK)に出向くことにした。少々朝が早いが。つくころには7時過ぎだから、
  まぁOKだろう。

  YEKのあるマンションに到着。まだ7時だし、川俣しかいないだろう。そうかすみさん
  と会話しつつオフィスへ向かうと・・・ん?

  黄色いテープが張られている。立ち入り禁止?警察が来ているみたいだ。なにかあった
  んだろうか。例のモザイクの件がバレちゃって家宅捜索とか?とにかくオフィスにはい
  らないことには分からないな。

  見張りの警官に警察手帳を見せ事情を聞いてみた。所轄外の刑事が来ていることに彼も
  驚いていたようだが、彼らがここに来ている理由に僕やかすみさんも驚かされた。とい
  うよりは落胆させられたといった方が正しいか。

             ☆              ☆              ☆              ☆

  川俣が意識不明の重体。

  昨日の2時ごろ、マンションから飛び降り自殺を図ったということだ。5時間経ってい
  るので、周りが既に奇麗になっていたのもうなづける。今はYEKのオフィスの家宅捜索
  だそうだ。

  しかし、川俣が自殺?動機は?とたずねたところ、

  「どうやらこのソフトハウスで違法な画像を提供していたみたいなんですよね・・・
  つまり・・・アダルトソフトなんですけど、なんでもモザイクがはずれてしまうとかで。
  それが発覚してしまい焦って自殺を図った、というのが大筋の見解みたいです」

  ということだ。ま、とりあえず中に入ってみるか。見張りの警官はすんなり通してくれ
  た。

  中では数人の刑事が捜索している。簡単に事情を話し(でも僕らが川俣と関係があった
  ことはもちろん内緒にして)、すこし捜査させてもらうことに。

  「しかし、困ったわね・・・まさか川俣が自殺するとは思ってなかったわ・・・」

  小声でかすみさんが舌打ち。確かにそうだ。いくら発覚しそうになったとは言え、自殺
  するほどのこととは思えない。ということは、理由は一つ・・・

  「川俣もあの映像を見てしまって・・・」
  「そういうことになるかしら」
  「とりあえず、川俣のPCを見てみましょう。これだけ人がいればサブリミナルとは言
  え大丈夫でしょう」

  とはいいながら、やはり多少ビビりながらPCに近づく。電源は入ったままだ。死ぬ直
  前まで川俣はサブリミナル解読をしていてくれたのだろう。あるいは、サブリミナル映
  像をみてしまったということは・・・

  「あっ!」

  僕は思わず声を上げてしまった。昨日サブリミナル映像の一部とモザイク入りよりひど
  いボケた画像を見せられた、あの少女らしき画像が、鮮明に映し出されていたのだ。赤
  いリボンが、それを物語っている。川俣はサブリミナル映像の一部である、この画像の
  解読に成功していたのだ。しかし、成功したがために川俣は・・・自殺したのかもしれ
  ない。

  「川俣、解読できたんですね・・・置き土産みたいで後味は悪いですが・・・しかし、
  この女の子、誰なんでしょうね。別にアイドルってわけでもなさそうですね。かわいい
  娘ですけど・・・か、かすみさん?」

  隣で顔を青ざめさせ、全身を硬直させ、わなわなと震えているかすみさんがそこにいた。
  こんなかすみさんは見たことがなかった。いままで、どちらかといえば、年下であるに
  もかかわらず僕をひっぱり続けてきたかすみさんが、こんなに打ちのめされ、青ざめて
  いるのを見たことがない。いや、署にゴキブリが出た時はもちろん別だけど・・・

  「かすみさん?しっかりしてください!どうしたんですか?」

  僕はかすみさんの肩をささえ軽く叩いてみた。体が小刻みに震えている・・・

  「そんな・・・そんな・・・」
  「しっかりしてください!一体どうしたんです?」
  「ゆみちゃん」
  「え?」

  かすみさんはぽつりと言った。あたし、この娘知ってるの・・・と。ちょっとかすみさ
  ん、精神的ダメージが大きいようだ。理由は分からないんだけど・・・とりあえずこの
  場を離れた方がいいかもしれない。

  現場からとりあえずかすみさんを連れ出し、近くの喫茶店に腰を下ろすことにした。か
  すみさんの顔色は依然として良くない。よほどショックだったのだろう。しかし、かす
  みさんとあの少女の関係は・・・

  「ありがとう、高幡クン。今回はキミが頼もしく見えたわ」
  「え?は、はぁ・・・ありがとうございます。よかったら・・・話してもらえませんか?
  かすみさん、あの少女を知ってるんですよね?」
  「あなたは刑事でしょ?『よかったら』じゃなくて、きちんと聞き出す義務があるのよ」
  「え、ええ・・・それはそうですけど・・・」
  「実はね・・・」

  あの少女の名前は森山ゆみ。18歳。否、生きていれば、だが。彼女の人生は17歳で
  幕を閉じた。自殺だったそうだ。2年前、浮浪者らしき男に襲われ、犯された。それを
  苦に、自殺してしまった。

  「その時、あたしは新米で、ゆみちゃんのおもり・・・いえ、相談役をおおせつかった
  の。ちょうど女の刑事があたししかいなかったというのもあったんだけどね。ゆみちゃ
  ん、あたしには心を開いてくれたわ。他の刑事にはなにひとつ口をきかなかったのに。
  ちょうどパソコンに興味を持ったもの同志だったのもよかったのかもしれないわね。で、
  その証言を元に捜査を行った。でも、犯人は捕まらなかった。あたしは新米だったから、
  全然捜査に参加させてもらえなくて・・・すぐに捜査は打ち切られたわ。警察なんてそ
  んなものなのよね。犯人が捕まらなさそうな事件はすぐにやめちゃうの。被害者の協力
  がない、とか証拠がないとか因縁つけてね。ゆみちゃん、すごく悲しそうな顔をしてい
  たのを覚えているわ。それからというもの、ゆみちゃん、学校でもいじめられたり、つ
  らかったんでしょうね。去年、電車に身を投げて自殺したの。再三説得したんだけど・
  ・・聞いてもらえなかった」
  「・・・そうだったんですか・・・」
  「でも、だとしたって、なぜゆみちゃんの画像がサブリミナル映像として流れるの?ゆ
  みちゃんがこの事件に関係しているって言うの?」

  かなり興奮しているかすみさん。こんなかすみさん、見たことがない。

  「落ち着いてください。かすみさん」
  「・・・ご、ごめんなさい。そうよね。分かってるんだけど・・・あたしも刑事失格か
  もしれないわね。こんなことで取り乱すなんて」
  「そんなことないですよ。かすみさんも人間だってことです」

  かすみさん、ちょっと顔をほころばせた。笑ってくれたみたいだ。

  「・・・ふふっ。それ、どういう意味よ」
  「い、いえ・・・」

  ちょっとは落ち着いてきたみたいだ。

  「そうね、あの映像に関わっているくらいなんだから、やはりこの事件に関わってると
  しか思えないわよね・・・」
  「やはりそうなりますね・・・」
  「うーん、ゆみちゃんの家に行ってくる」

  突然、意を決したようにかすみさんが立ち上がる。

  「え?僕も行きます!」
  「高幡クンはいいの。あたし1人で行かなきゃいけないような気がするの。だから、あ
  たし1人で行ってくる。高幡クンはYEKで他の画像を調べてみて。もしかしたら川俣は
  全部の画像を解読し終わってるかもしれないでしょ?なにか分かったらすぐに連絡ちょ
  うだいね」
  「・・・は、はい。分かりました。くれぐれも気をつけていってきてくださいね」
  「何いってるの?ゆみちゃんが犯人とか、そういうわけじゃないじゃない。とりあえず
  ゆみちゃんのうちに行ってお母さんに話を聞いてくるわね」

  なんかイヤな予感がする。かすみさんを1人で行かせることには非常に抵抗があったの
  だが、本人があそこまで強く希望しているだけにむげには出来ない。せめて気をつけて
  行ってきてくれるように祈るだけだ。

  僕はかすみさんと別れ再びYEKのオフィスへ。玄関でちょうど捜査から引き上げるとこ
  ろらしい刑事集団にであった。僕も捜査をしたいので、ついでに少しだけ付き合ってく
  れないか(つまり捜査をするには捜査令状が必要だが、僕はあいにくそんなものは持っ
  ていない。つまり彼らがいないと捜査も出来ないのだ)、と頼むと快くOKしてくれた。
  それほど時間はかからないだろう。それに例のサブリミナルの映像を僕が見た時、僕も
  自殺してしまうかもしれないし、誰かいてくれた方が都合が良かったというのもあり、
  全く好都合だった。

  ・・・かすみさん大丈夫かな・・・心配だな・・・

  ぽつりとつぶやいて、川俣のPCの前に腰を下ろした。

  「・・・」

  これって、Windowsじゃないの?使い方、分からないんですけど・・・僕、Windowsしか
  触ったことないから、こんな黒い画面に文字ばっかり出てるようなのは始めて見る。ま、
  つまるところ使えないということだ。途方に暮れる僕・・・

  そんな僕を神は見放していなかった。一緒についてきてくれた刑事(どうやら新米らし
  い)がこれはUNIXだという。なんだ?ウニックスって。Windowsとは違うOSなんだと。OS
  ってなんだよ、そもそも。

  そして、さらに途方に暮れていると、その新米、なんと使い方を知っているらしい。い
  ささか出来すぎの感もあるが、ここは一発任せるしかないだろう。その辺にある画像を
  僕に見せて欲しいと頼むことにした。さて、どんな画像が出てくるのか、川俣は解読を
  すべて終えているのだろうか・・・