<7th Day:Takahata's Eye>

  翌日。僕たちはとりあえずソフトハウス『YEK』に事情聴取に行くことにした。一介の
  ソフトハウスの犯行とは思えないけど、なんか情報が得られるかもしれない、とはかす
  みさんの弁。それにしても、なんかかすみさん、楽しそうだなぁ・・・

  「ふふっ。YEK〜YEK〜」
  「・・・なんでそんなに楽しそうなんですか?捜査ですよ、捜査」
  「あったりまえじゃないの〜。捜査よ、捜査」

  あれほど外回りが好きじゃないかすみさんがこうも楽しんでる理由は・・・まぁ聞かず
  もがな、捜査の対象がソフトハウスだからだろう。あわよくば販促品とか限定品とかも
  らっちゃったりしよう、なんて思ってるんだろう。それくらいはいくら事情を知らない
  僕でも分かる。

  ソフトハウスYEKは都心から30分くらいの住宅街のマンションの一角にあった。小さな会
  社といった感じのたたずまいだ。ソフトハウスっていうのはこんな小さなところなんだ
  ・・・もっと大きいところを想像してたんだけど・・・

  中は普通のオフィスといった感じ。パソコンがところ狭しとならべられている。自社の
  ソフトなのか、ポスターなども貼ってある。お、あれはRIAだな・・・はっ!僕までか
  すみさんのように洗脳されているみたいだ。

  「どうも川俣です」
  「お忙しいところ申し訳ありません。雨宮と申します。こちらは高幡」

  丁寧に会釈をする。物腰の低い人みたいだ。

  「川俣さんは広報か何かをされているのですか?それとも取締役?」
  「え?僕ですか?うーん、広報といえば広報だし、広報じゃないといえば広報じゃない
  し・・・」
  「説明していただけません?よく分からないんですけど」
  「うちみたいな弱小ソフトハウスはいろいろと仕事を持ちまわってるんですよ。分業制
  とは名ばかりで、実際はいろいろな仕事を全員でこなしているんです。僕はシナリオラ
  イターであり、広報であり、プロデューサーであり、取締役なんですよ」
  「ははぁ、これは失礼しました。そういうことだったんですか。えっと、全員で何人く
  らいいらっしゃるんですか?」
  「えー、何人くらいかな。常駐して仕事してるのは5人くらいですよ。あとはアルバイ
  ト学生とかそんなのばっかりに頼っちゃって。プログラムなんて、誰にでも出来る仕事
  ですからね」
  「では、会社としての社員は5人ということでよろしいんですか?」
  「ええ、そう思っていただいて構わないと思います」

  なんとも形式がかった質問をかすみさんはしている。かすみさん、めずらしく大人しい
  なぁ。いつもだったら胸ぐらつかむ勢いで質問するのに・・・

  「で、唐突ですが、『RIA』なんですが・・・」
  「はい、なんでしょう」
  「あれ、モザイクはずれますね?」
  「・・・は?」
  「は?じゃないわよ、あのモザイク、パッチを当てるとはずれるんでしょ?捜査済みな
  のよ」
  「・・・そんなご冗談は止めてください。そんなことしたらうち、発禁になって全員逮
  捕じゃないですか。そんな危ない橋は渡れませんよ」

  かすみさん、バッグからなにか取り出した。この間僕はずっと黙りっぱなし。取り出し
  たのは・・・1枚のフロッピーディスク。

  「これが問題のパッチ。なんならここで当ててやってみる?RIAの入ってるPC貸して
  ちょうだい」
  「・・・」
  「どうしたのよ、早く貸しなさいって」

  川俣の顔が見る見るうちに青ざめていく。どうやら図星のようだ。それにしてもどうし
  てかすみさんはそんなことまで知ってるんだろう。おそろしい・・・

  「まぁ、この件は黙っておいてあげるわ。あんまりたいそうにやると元締めが本気で動
  くから気をつけた方がいいわよ」
  「・・・」
  「んじゃ、ここからが本題ね。回答しっかり頼むわよ。そうでないとこのFD、どこい
  っちゃうかわからないんだから」
  「・・・」

  相変わらずえげつない戦法で、相手を虜にしてから攻撃に出るかすみさん。その手際は
  素晴らしいとしかいいようがない。相手にぐうの音も言わせないうちに自分の味方につ
  けるなんて・・・さすが。僕にもあんなマネ、出来るようになるんだろうか。

  「とりあえず、RIAとかRETAWの販促品頂戴。あたし大ファンなのよ」
  「は?は、はぁ・・・」

  ・・・お、おい!そういう話じゃないだろ!とは思ったが、かすみさんの行動くらい僕
  にはお見通しだ。まぁこれくらいは大目にみられるとこだろう。

  数分後、うずたかく積まれた販促品をみて、ご満足な顔をしているかすみさんがいた。
  ・・・仕事もその感じで頼みます・・・

  「んじゃ、ホントに本題ね」
  「・・・なんでも聞いてください」
  「あのRIAのHシーンなんだけど、なんかおかしいのよね」
  「どのようにです?」
  「あたしが見る限りではサブリミナル映像が含まれてるのよ」
  「ん?・・・どういうことでしょう」

  かすみさんは僕の顔を見る。説明しろってことか。はいはい。させて頂きますよ。こう
  いうときばっかり僕にやらせるんだから。

  「・・・といったわけで、被害者宅のPCからはサブリミナル映像がみられたんです」
  「そうですか。でも、ウチはなにもしてませんよ。これは本当です。少なくとも私は・
  ・・」
  「他の人ならやりかねないってこと?」
  「い、いえ、そんなことをする前に私がすべて最終チェックしてますから、それはあり
  えないと思います」
  「そのチェック中にパッチを当てた時にモザイクがはずれるようにしたわけね。あなた
  の抜け駆けてことかしら?」
  「・・・あまり大きい声で言わないでください!何でも話しますから・・・」

  声を荒げるでもなく強い口調で川俣は言った。かなり危ない橋であったことを重々承知
  しているみたいだ。

  「で、あなたが最終チェックをする際にはそんなプログラムはなかった、とそういうこ
  となのね?」
  「ええ。断言できます」
  「ふむ・・・ってことはどういうことなのかしら。やっぱりインターネットシナリオか
  らってことになるのかしら。ねぇ高幡クン」
  「そういうことになるんじゃないですかね。川俣さん、インターネットシナリオってあ
  るじゃないですか。あそこから特殊プログラムか何かを介して特定個人のPCにサブリ
  ミナル映像を流すことは可能ですか?」
  「え?インターネットシナリオからですか?うーん、どうなんだろう。技術的には不可
  能ではないでしょうね。相手が無防備であればあるほど可能性は高いといえると思いま
  す」
  「たとえば、メールかなにかでインターネットシナリオと称してプログラムを送りつけ、
  プログラムを動かすとサブリミナル映像入りのデータがPCに流れ込む」
  「ええ、可能でしょう」

  ふぅむ、とかすみさんが腕を組む。目を閉じて考え事をしているようだ。かすみさんが
  考え事をする時は必ず指の先が遊んでいるのでよく分かる。

  「よしっ。わかったわ。とりあえずあなたの話を信じるわ。YEKはシロってことで」
  「は、はぁ。でも・・・くれぐれもアノ件は内緒にしてくださいね。私も生活がかかっ
  てますんで」
  「分かってるわ。あたしも約束は守る女だから。でも・・・」
  「まだなにかあるんですか?」
  「RETAWでも同じことがあるなら、あたしにもパッチ頂戴」

  か、かすみさん・・・ま、捜査に影響がないし問題ないか・・・い、いや!そういう問
  題じゃないだろう!高幡!でも、かすみさんにタテつく気にはどうやってもならない・
  ・・

  「それともう一つお願いがあるんだけど」
  「な、なんでしょう?まだあるんですか?」
  「そのサブリミナル映像の解析をして欲しいのよ」
  「解析ですか?」
  「あたしたちの手じゃ負えないでしょう?ソフトを作った人間ならそれも可能なんじゃ
  ないの?」
  「ええ、時間はかかると思いますが、出来ない話じゃないと思います」
  「じゃぁお願いしてもいいかしら?」
  「私に出来ることなら」

  そして、川俣を味方につけたかすみさん。ニンマリ笑みを浮かべて・・・

  「なるべく早く解析して頂戴ね。PCはここにすでに送ってあるから」
  「え?」「え!?」

  僕と川俣の双方から疑問の声が上がった。そう。かすみさんはここに来る前にすでに宅
  配の手配を整えていたのだった。なんともこういうところは手が込んでるんだから・・
  ・。っていうか、そのPCって・・・

  「解析が済みそうになったら呼んでね。これがあたしの携帯」
  「は、はい・・・」
  「出来るなら数日中に頼むわね」
  「ど、努力してみます」
  「ど、努力じゃダメなのよねぇ。この世の中実力がモノをいうのよ。実績のないものは
  死すのみ。わかる?」
  「・・・」
  「ま、ここ2,3日くらいで完了しなかったらどうなるかは・・・想像してもらっても
  バチは当たらなくてよ」
  「・・・」

  川俣は冷や汗がダラダラと出ているのが目に見えて分かるようだ。かなりビビってるん
  だろう。そんなのはお構いもせず、それじゃ、よろしくね。とさわやかに販促物を抱え
  マンションから出るかすみさん。幸せそうな顔をしている。何とも恐ろしい・・・

  「か、かすみさん。販促物はいいんですが・・・川俣に送り付けたPCって・・・」
  「え?当然飯田のよ」
  「・・・やっぱり・・・」
  「え?お母さんの了承は得てるもの」
  「・・・そ、そうですか・・・」

  本当に了承を得てるのかどうかも怪しいが、まぁ僕が何とかすればいいだけの話だろう。
  本当に疑問なのはそんなことではない。

  「で、あのモザイクが消えるとか消えないとかの話なんですが・・・あんな話、どこか
  ら入手したんですか?」
  「ん?あれ?ハッタリよ」
  「え?」

  僕はお約束通り目を丸くしてしまった。

  「あんなのハッタリに決まってるでしょ。まぁもともとそういうウワサ自体は流れてた
  から、ちょっとカマかけてみただけ。そしたら思いっきり引っかかってくれちゃったみ
  たいね。こっちとしては大満足だけど」
  「・・・」
  「販促品もいっぱいもらっちゃったしね〜」
  「・・・」

  この人のやり方についていくにはまだ10年は早いんだろうな・・・僕。

  しかし、これでサブリミナル映像が解析されれば随分と捜査が進展することになるんだ
  ろう。かすみさんのやり方が間違っているとは思わない。思わないけど・・・どうにも
  納得できない面もあるんだよな。本人には死んでもいわないけど。

           ☆              ☆              ☆              ☆

  ちょっと喫茶店でお茶を飲みながらかすみさんと2人で要点を整理してみた。

    ・犯人はYEK内部にはいない(あくまでも可能性の問題だが)
    ・犯人はインターネットを使って被害者にサブリミナル映像を送り込み
      なんらかの方法で殺害した
    ・被害者の7人には関連性はないが、殺害方法がまったく同じ手口なの
      で同一人物の犯行か
      →飯田以外の被害者のPCからRIAは確認できず(というよりは、PC
        自体を遺族の方が処分してしまっていたため)

  「うーん、ホントに情報が少ないですね」
  「そうねぇ・・・あと1人くらい殺されてくれると状況が変わるかもしれないんだけど
  ねぇ・・・」

  きっとこの人は本気でそう言っているんだろうな・・・この人だけは敵に回せない。そ
  う再認識させられたその時だった。かすみさんの携帯が鳴り響く。静かな喫茶店に鳴り
  響く着信音。そんなに大きくしなくても聞こえるんじゃないだろうか?

  「はい、雨宮です。え?あ。そうですか・・・今から行きます」

  ん?緊急事態が起きたみたいな感じだ。ま、まさか・・・

  「秋葉原で人が死んだわ」
  「・・・またですか?」
  「いいえ、今度は自殺」

  自殺ですか・・・今回の一連の殺人とは関係がなさそうな感じだな・・・でも行ってみ
  ないことには始まらない。僕たちは現場に急行した。この一連の事件だけに関わってい
  るわけには行かない。われわれは刑事という名の何でも屋なんだから。