<3rd_GRADE 第8章:November(2)> Rei's EYE 『最後の日』

  朝・・・か。ここの所眠りが浅い。あまり良く眠れないみたい。2日目だから
  かしら。男のカッコさせられて生理もなにもあったもんじゃない。

  覚悟を決めた。今日、私は本当の私に戻る。父上がなんといおうと。伊集院家
  を捨てても構わない。私は彼のことを・・・

  とにかく彼にはすべてを話しておきたかった。彼なら私の気持ちを受け止めて
  くれそうだったから。迷わず電話する。

  トゥルルルルル・・・

  日曜日だし、まだ寝てるのかしら。

  トゥルルルルル・・・

  もしかして朝早くに出かけてしまったのかしら・・・

  トゥルルルルル・・・

  きっと彼、頑固だから電話を無視しつづけてるんだわ。

  数十回のコールの後、彼が出た。

  「はい、高城です」
  「・・・」

  考えてみると始めての電話。何を言っていいのかわからない。

  「イタズラ電話なら間に合ってます」
  「あ、あの・・・伊集院ですが」

  必死の思いで出た言葉がそれだった。いつものように頭が働かない。思ったよ
  うに言葉が話せない。緊張しているんだろうか。

             ☆              ☆              ☆              ☆

  「17時?あ、ああ分かった。それじゃぁ」

  17時に学校の伝説の樹の前で待ち合わせた。あとは仕度を整えて彼に思いを
  告げるだけ・・・

  彼は、いつも私の目の前にいた。いや、私を引き付けるなにかがあったから。
  私の目の前に彼がいたのではなく、彼の前に私が引き付けられていたのかもし
  れない。彼のやることなすこと、すべて気になって仕方がなかった。何とかし
  て彼の目をひきたかった。しかし、やればやるほど、「イヤミな奴」としか思
  われなかった。それはそうだろう。私は『男』だったのだから。

  今は違う。鏡を前に自分の姿を眺める。男にあるものが私にはない。男にない
  ものが私にはある。当たり前の話。私は『女』なのだから。

  伊集院家のしきたりとして、女も男も高校を卒業するまでは男として教育され
  るというばかげた決まりがあるのだ。子がひとりしかおらずそれが女だった場
  合、一生男として伊集院家の頂点に君臨しなくては行けない場合もある。大抵
  は高校を卒業した段階で女として振るまっても構わないのだが。そんなのを待
  っていられない。私は女だもの。なぜ、そんなに苦しまなくてはいけないの?
  私が伊集院家に生まれたから?別に伊集院家に生まれたかったわけじゃないの
  に。伊集院家なんかメイにくれてやるわ。私は自由が欲しいだけ。精神的に自
  由でなくてもいい。女として生きたい・・・メイだって同じように思ってると
  思うけど・・・

  いけない。そんなに弱気になってたら父上には勝てないもの。仕度しなくちゃ。
  もう日が傾き始めている。夕方はもうすぐみたい。

             ☆              ☆              ☆              ☆

  「何の用だ?レイ」
  「父上、お話があります」

  いつ見ても威圧感たっぷりの父上。目を見ただけで失神しそうなほど。でも今
  日は負けられない。

  「ん?どうしたんだレイ。そんな格好はお前にはまだ早いはずだが」

  わたしはが身に付けているのは、きらめき高校の制服。しかし、今までの制服
  じゃない。スカート。そう。きらめき高校女子生徒の。3ヶ月後の・・・卒業
  式に着る予定だった制服。

  「私には男の格好をする意義が分かりません。伊集院家の家督を継ぐのは結構
  ですがなにも旧時代からのしきたりを延々と続ける必要はないかと思います」
  「ほう。言うようになったな。しかし、お前の父親はこのわたしだ。伊集院家
  の長はお前ではなくわたしだ。わたしの言うことが聞けないということか?」
  「父上のおっしゃりたいことは分かります。しかし、なぜそのようなくだらな
  いしきたりを現在に至るまで続けているのですか?」
  「伊集院家には女はいらんのだよ」
  「・・・」
  「かなり昔のことだが、伊集院家では女が産まれると同時に殺したと聞く。女
  には家督を継ぐ資格がないからだ」
  「・・・」
  「分かるか、レイ。お前は殺されるべき子供だったんだ。それを避けるために
  は徹底して男の教育を施し、男と変わらない能力を発揮することを証明する必
  要があったのだよ」

  父上は、女の気持ちが分かっていないのだ・・・

  「分からないか?ではどうするか判断は任せよう。あの、早乙女という庶民が
  お前が女だと言う情報を仕入れた時に行った記憶消去術をお前に施す。それな
  らお前が女になることを認めよう」
  「父上・・・!」
  「それ以外は一切認めん!」

  ひどい、ひどすぎる・・・そんなことをしたら私は彼に・・・

  「わ、分かりました。このままで結構です・・・」

  結局、父上には勝てないのか・・・

  「明日から、アメリカに行け。アメリカの大学を目指せ」
  「え?今何と?」
  「アメリカに行けといったのだ。こんな高校には未練はないだろう。お前の能
  力なら大学編入も可能なはずだ」
  「しかし・・・」
  「行くのか、行かないのか?」

  父上・・・そこまでひどい仕打ちを・・・。私は思い出を胸に日本を離れるの
  か・・・

  手近にあった、ナイフを手に取ると、頭の後ろに手を回し、ザクッと切った。

  はらはらと落ちる髪。いままで伸ばしてきた髪をばっさりと切り落とした。も
  う日本へは帰れないだろう。そんな予感がした。

  「わかりました。お父上のいう通りにいたします」
  「血は争えんな」
  「・・・」
  「わたしの姉もあと2ヶ月といったところで挫折したのだ。好きな男が出来て
  な。しかし伊集院家の長はわたしではなくお前のおじいさまだった。おじいさ
  まはお前も知ってのとおり厳格な方だ。姉の要望を認めるわけには行かなかっ
  た」
  「叔母様が・・・」
  「わたしもむごいと思った。愛すべき男性を見つけたにもかかわらず伊集院家
  の家訓にしばられねばならないこの現実を」

  父上の目が曇ったのを私は見た。あのおじいさま並みに厳格な父上が・・・

  「わたしは決めたのだよ。わたしの子供が女で、姉と同じような状況になった
  場合、これでこんな家訓は最後にしよう、と」
  「父上・・・」
  「すまない。メイは今後女として生きさせることにする。こんなばかげた家訓
  は今日で最後だ。お前には辛い思いをさせるが・・・」
  「父上・・・」

  私は何も言えなかった。結論的には私にとばっちりが来たわけだが、不思議と
  父上を怨む気にはなれなかった。

  「分かりました。明日、アメリカに立ちます」

             ☆              ☆              ☆              ☆

  自室に戻り、鏡の前で自分の姿を見る。この姿も今日で見納めだろう。そう思
  うと涙が流れて止まらなかった。伊集院家の家督、そんなものはいらないのに。
  私は伊集院家の人間。伊集院レイとして一生を過ごすしかない。悲しいけれど。

  17時に約束してたのに・・・ごめんなさい、高城君。私はあなたのことが好
  きでした・・・今年、一緒に遊んでくれた時、すごく嬉しかった。いつもイヤ
  ミなことばかり言っていたけど・・・あなたのことが好きで仕方なかったから。
  どうしてもあなたの気をひいていたかったから・・・でも、それも出来なくな
  ります。いままで本当にありがとう・・・さようなら。いつかまた会えると嬉
  しい・・・