<3rd_GRADE 第7章:October(2)> Shiori's EYE 『不安と恐怖と』

  「さて、今回の実験だけど、高城君、実験台になってちょうだい」

  え?実験台って・・・人間なの?周りからもどよめきが起きます。

  「私の実験を冒涜するつもり?こんなの子供のおゆうぎ以下よ。寝ながらだっ
  て出来るわ」

  た、確かにノーベル賞確実らしいとウワサされる紐緒さん。言うことも違うわ。
  ・・・って感心している場合じゃないよ。どうしよう・・・武雄君に万が一が
  あったらイヤだもの・・・。

  紐緒さんは武雄君になにやら耳打ちします。「絶対だな」というセリフ。うな
  ずく紐緒さん。なにか取引が行われたのかしら。武雄君が妙な機械に入ってい
  き、扉を閉めます。妙な機械の中はいすが一つ。2mくらい離れたところに同
  じ機械があり、空のいすが一つ。そこに武雄君が転送されるというこことです
  が・・・やっぱり心配。

  「さぁ、これはショーでも何でもないのよ。私の技術力を世に知らしめるため
  の、いわば宣伝のようなものね。はっきりと覚えてらっしゃい、人類の頂点に
  君臨するのは紐緒結奈だってことを」

  紐緒さんがなにやら操作を始めます、本当に大丈夫なのかしら・・・恐い。武
  雄君にもしものことがあったら・・・。

  機械はピコピコと音を鳴らしますがゆれたりは一切しません。観客のざわめき
  もなく、機械のピコピコ音だけが教室中に響きます。

  ピー。

  「終わったようね。では開けるわよ」

  さっきまで人がいなかった方の扉を開けると・・・私には見られません。恐く
  て、恐くて・・・武雄君にもしものことがあったらと思うと、とても直視でき
  ません。

  パチパチパチ・・・歓声と拍手の嵐。ということは・・・わたし、恐る恐る顔
  を起こしてみました。

  「きゃーーーーーっ!」

  わ、私の目の前に武雄君の顔が!

  「あ、悪い悪い。悪気はなかったんだけど・・・」
  「んもう・・・心配だったんだから」

  例の機械から出てきた武雄君はわたしの目の前で、わたしが顔をあげるのを待
  ち構えていたのです。ホントにいじわるなんだから。でも・・・

  「本当に心配したんだよ・・・ほんとに・・・」
  「ほれ、このとおりピンピンだよ。さすが紐緒さんだな、ホント、恐いよ」

  わたし、すっかり涙目。

             ☆              ☆              ☆              ☆

  科学部の公開実験も盛況のうちに終わったみたいで・・・というよりは武雄君
  が無事で本当によかった。

  文化祭も終わり帰り道、気になったことがあったので武雄君に聞いてみました。

  「あのね、武雄君」
  「ん?」
  「例の実験前、紐緒さんとなに話してたの?」
  「え?あ、ああ、あれね。別に大した話じゃなくて、『あれに参加すれば二度
  とあなたには手を出さない』って言うもんだから、ついOKしちゃった」
  「・・・」

  前々から紐緒さんは武雄君を高く買っているらしくて、『世界征服には彼が不
  可欠なのよっ』なんて言っていたくらいだったものね。

  「これからはあの妙なお誘いがなくなるんだ、よかったね武雄君」
  「そうだなぁ・・・でも、あんなのであきらめるんだろうか、彼女」
  「・・・」
  「・・・」

  どちらからともなく笑ってしまいました。そんなことで諦めるような紐緒さん
  じゃないっていうこと、思い出したから。とにかく武雄君が無事でよかった。
  それだけでわたしは満足。

  ・・・でも・・・すごい発明よね。物質転送。

  「ちょっとお茶でもしてくか」
  「え?うん、いいよ」

             ☆              ☆              ☆              ☆

  やってきたのはご存知『ときめ後』。文化祭ということもあってか、今日は空
  いてるわ。

  「お、武雄か。詩織ちゃん、いらっしゃい」
  「こんにちは叔父様」
  「文化祭はいいのかい?クラブとかあるんじゃないのか?」
  「あ、私たち3年生だからあんまり関係ないんですよ」
  「おうおう、そうか。後輩をあごで使いたい放題だもんな」
  「そんなことしませんって」

  おなかから大きい声で笑うマスター。意地悪なんだから。

  「悪い悪い。冗談だってば。まぁ座ってよ。何がいい?今日は俺のサービスだ」
  「え!?ホントですか?」
  「ギクッ」

  サービスと聞いてはしゃぐわたしの傍らで、武雄君は・・・

  「き、今日のはそんなに自信がないってことか・・・」
  「え?武雄君、それってどういうこと・・・あ!」

  そういえば、そんな季節。マスターが妙にやさしい時は・・・そう、『新メニ
  ューの季節』なのです。要するにわたしたちは試食人兼毒味役。あたりもあれ
  ばはずれもあるけど、とにかくいろいろなモノを食べさせられるの。マスター
  自身でやればいいのに、って言うと、

  「お客様に食べてもらうから試食なんだよ。自分で食べたら『うまい』って言
  うに決まってる。それに俺は好き嫌いが多くてね」

  なんかヘリクツに聞こえなくもないけど・・・

  「んで、今日はなにが出てくるんだ?なんか恐いんだけど・・・」

  武雄君も心配そう。妙にサービスが多い時はロクな物が出ないって小声で教え
  てくれたの。

  「安心しろ。今日は自信作だ。っていうか腹へってるんだろ?」

  言うが早いかさっそく出てきたお料理。カニ玉みたいだけど・・・あんかけが
  ほとんどない。どうしてかしら。

  「まぁカニ玉みたいなもんだな。食べてみれば分かるって」

  武雄君とわたし、おそるおそる口に入れます。お箸でつまんでみると、なんだ、
  普通のカニ玉じゃない。口に入れてみると・・・ん?なに?このパリパリ。

  「ん?チキンラーメン」

  「・・・」
  「・・・」

  叔父様の回答に二人とも絶句。でも・・・結構おいしいかも。

  「チキンラーメンを軽く砕いてカニ玉に入れただけ。あんかけ入れると味が変
  わりそうだから、止めてみたんだけど、正解だったみたいだね」

  叔父様にかかると中華料理もお菓子感覚になっちゃうのかしら。でも、おいし
  いかも。

  「うん、合格です。叔父様」
  「そうかそうか、お姫様のお褒めの言葉を頂いたから新メニューに加えてみる
  かな」

             ☆              ☆              ☆              ☆

  こうして「チキンラーメンカニ玉」、通称「チキ玉」が誕生したのですが・・
  ・1週間くらいで姿を消しました。叔父様の新メニューってそういうのばかり
  ですけど・・・どうしてか?それは・・・

  「だって、作るの結構手間かかるんだぜ、あれ」

  ふふっ。そういえば、喫茶店でカニ玉だすこと自体おかしいといえばおかしい
  のかも知れないわね。