<3rd_GRADE 第6章:September(1)> Shiori's EYE 『砂の城』

  今日から2学期。ついにあと半年できらめき高校ともお別れなのね。なんだか
  高校3年間ってなんなのかしら。短いのにいろいろとあって・・・中学も3年
  間だけどそれとはまた違った経験が出来て・・・あと半年しかないんだもの。
  悔いのない高校生活にしないとね。あっ、もうこんな時間。武雄君を迎えに行
  かなきゃ。

  ピンポーン。

  あら、朝から誰かしら。はーい。どちらさまですか?

  「あ、俺。武雄だけど」
  「え?武雄君?ま、待ってて」

  う、うそ・・・今日は武雄君が来てくれるなんて・・・じゃなくて、武雄君が
  待ってる。急がなきゃ。

  「行ってきまぁす」

  武雄君との登校ももう1年以上続いてるのね。高校入学当初は別々に登校して
  いたのにね。

  「ところで、武雄君、今日はどうしたの?どういう風の吹き回し?」
  「え?ま、まぁ、たまにはこうでもしないとね。悔しいじゃないか。こないだ
  なんか学校早く始まるの忘れてたし」
  「ふふっ、そうだったね」

  他愛のない会話を続けながら学校へ向かって歩いていきます。学校はちょっと
  した高台にあるので毎日坂を登らなくちゃ行けないの。帰りは楽なんだけど・
  ・・。

  「どうしたの?武雄君」
  「え?あ、ああ別になんでもない」

  よく見てみると今日の武雄君ちょっと様子が変。目元にくまができてるみたい
  だし・・・良く眠れなかったのかしら?

  「あんまり眠れなかったの?」
  「え?そ、そんな感じ」
  「そっか・・・受験も近いものね。無理しないでね」
  「ああ、詩織もな」

             ☆              ☆              ☆              ☆

  教室に着いて席について、頬杖をついて考え事。

  わたしは・・・聞けなかった。聞かなければいけなかったのに。武雄君がどう
  して様子がおかしいのか。何か悩み事があるのなら相談してくれればいいのに。
  きっとなにか言えないような悩みがあるんだと思い聞かないようにしてしまっ
  た自分・・・すべてが思い悔やまれます。

  この時武雄君に何がなんでも話させていれば・・・

  「詩織ちゃん、おはよう」

  あ、メグだ。こんな時はメグと話すと心が落ち着くの。メグっておっとりやさ
  んだからかしら。

  「おはようメグ。今日は早いのね」
  「うん、なんか早起きしちゃったから。いつもは寝坊するのにね」
  「でも、いいことじゃない、早起きは3文の得だよ」
  「うん・・・」
  「どうしたの?メグ」
  「詩織ちゃん・・・今日はなんか元気ないよ」

  そうかしら・・・やっぱり朝の件があったからなかなぁ。私の顔が曇っている
  のに気づいたのかしら。

  「そんなことないよ。平気平気」
  「それならばいいんだけど・・・」

  武雄君は睡眠不足で目にくまを作るような人じゃないのは10年付き合ってい
  れば分かること。余程体調がおかしいか、眠れない理由があるかのどちらかに
  ちがいないのに。受験勉強で忙しかったとしても、絶対人前にはそれを見せな
  い人だから・・・。だからこそ、わたしは聞いてあげなければいけなかったの
  に。わたしには話せないことなのかしら。

  武雄君に直接聞いてみたいけど・・・ダメ。恐くて聞けない。武雄君の機嫌を
  損ねてしまうのも恐いし、返答が・・・いえ、これは考えないようにしないと。

             ☆              ☆              ☆              ☆

  始業式も終わり、そろそろ帰る時間。武雄君のクラスに行ってみると、武雄君、
  ひとりで帰り仕度をしているところ。よかった。ちょうど良かったみたい。

  「武雄君、かえろ」
  「詩織か。ああ、帰るか」

  武雄君、まだ目元にくまが残ってる。なんかめったに見ないだけに痛々しい感
  じ。もちろん、痛いわけじゃないんだろうけど・・・

  「ちょっとお茶して帰ろうか」
  「え?ああ、いいよ」

  ふたりは『ときめ後』へ。始業式が終わったばかりなのでまだお客さん(とい
  ってもうちの生徒だけどね)も少ないみたい。

  「いらっしゃい、詩織ちゃん」
  「こんにちは、マスター」
  「あれ?武雄、どうしたんだ?ケンカでもして泣かされたのか?」

  さすがマスター言いたいことをズバッと聞いてきます。もちろん冗談なんでし
  ょうけど。

  「え?・・・まぁ寝不足ってトコ」
  「ふぅん、そうか。そろそろ受験勉強の季節になるだろう、気を付けろよ」

  マスターは武雄君の肩をたたくとカウンターに戻っていきました。

             ☆              ☆              ☆              ☆

  「ごめん、詩織。ホントになんでもないんだ。ちょっと寝不足なだけ」

  沈黙を破ったのはコーヒーをすすりながらの武雄君でした。

  「そう・・・ならいいんだけど・・・信じるね。でも、寝不足、気を付けてね。
  受験とはいえ、無理したら体に悪いよ」
  「あ、ああ・・・でも、ホント、どこ受けようかなぁ」
  「まだ決めてないの?そっか・・・武雄君のやりたいことを考えて決めればい
  いと思うよ」
  「ああ。まだ先は長いしな・・・」

  でもあと半年で卒業・・・