<3rd_GRADE 第5章:August(3)> Takeo's EYE 『不覚』

  合宿2日目、朝。前日ははりきりすぎてくたくた。飯食って風呂入って気が付
  いたら寝てしまっていた。夢を見る暇もなく熟睡。気が付いたら朝になってい
  た。こんなに疲れたのは久しぶりだ・・・

  体を起こしてみる。うーん、なんか重い気がするな。まだ疲れが抜けきってい
  ないような感じだ。頭がぼうっとする。二日酔いってのはこんな感じなのだろ
  うか。しかし、今起きないと二度寝してしまって、練習に遅刻だ。やや強引に
  体を起こす。

  肩ががっくり下がっているのが自分でも分かる。体が思うように動かないのだ。
  まぁ、ちょっと外でも歩けば目が覚めるだろう。目が覚め切ってないから、き
  っとだるいんだろうな。ちょうどまだ時間もあることだから・・・

  俺はちょっとした思い出の場所に行ってみることにした。

             ☆              ☆              ☆              ☆

  2年前の今ごろも、俺はこの場所を歩いていたんだなと思うと妙に感慨深い。
  そう、ここは1年生のときに合宿でひとりで朝練をしようと思い来た場所。そ
  してその時には如月さんが来て・・・ふたりで朝、練習をした。もう2年も前
  の話なんだな・・・そして今は一人。高原地帯なので朝は更に冷え込む。夏の
  猛暑真っ只中でも、ここでは朝はかなり寒いのだ。

  「うわ、何か羽織ってくれば良かったかな・・・」

  俺はTシャツ1枚で外を歩いてたのを後悔した。寒すぎる。すぐに戻らないと
  風邪ひいちゃうぞ。

  と思った矢先だった。

  「おろ?」

  体がふらふらする・・・そして、意識が遠のいた。

             ☆              ☆              ☆              ☆

  気がついたらそこはベッドの上だった。暖房がやや効いたベッドの上。俺は池
  のほとりで倒れてしまったみたいだ。しかし、誰がここまで連れてきたんだ?
  あんなに朝早かった時間に・・・

  「あ、気がついたみたいだね」

  白衣を着た初老の男の人。医務室みたいだ?

  「どうだい?調子は。君は池のところで倒れたらしいね。幸いどこも打ってな
  いし、体の方も問題はなさそうだよ」
  「そ、そうなんですか・・・クラブの合宿で・・・」
  「そうかい。あんまり頑張りすぎても体にドクだから、程々にな」
  「は、はい。お手数おかけしました・・・ところで、僕はどうしてここにいる
  んですか?」
  「え?ああ、なんか女の子が辛そうに連れて来てくれたんだよ。大の男をひと
  りで連れてくるとはねぇ・・・結構辛かったんじゃないかな」
  「な、名前とか聞いていませんか?」
  「さぁ・・・『あとはよろしくお願いします』と言って行ってしまったから」
  「そうですか・・・」

  先生は、演劇部の顧問の先生に連絡をしておいてくれたみたいで、すぐに詩織
  が飛んできた。如月さんも一緒だ。

  「ちょっと、武雄君!大丈夫なの!」

  詩織はすぐにも泣きそうな顔だ。そんな顔していたら付き合ってることがバレ
  ちゃうぞ。

  「ああ、ちょっと頑張りすぎたみたいだな。大丈夫だよ。悪かったな、心配か
  けて・・・」
  「んもう、心配かけて・・・武雄君は小さいときからちょっとやる気を出すと
  とことんまで頑張っちゃうんだから・・・でも、何ともないみたいで良かった
  ね」

  俺は如月さんの方を見た。俺は見逃さなかった。何やら医務室の先生に目配せ
  をしていたのを。間違いない。俺をここまで運んできたのは、如月さんだ。そ
  う確信した。あんな時間にあんな場所に来るのは如月さんしかいない・・・。

  「高城さん、大丈夫ですか?昨日から顔色が良くなかったですし・・・今日は
  1日ゆっくり休んでくださいね」
  「あ、ああ、心配かけてごめん。ふたりとも。今日はゆっくりと見学でもする
  ことにするよ」

  そう話している間にも、如月さんは俺の視線を逸らそうとする。

  「藤崎先輩!部長が呼んでるんですけど・・・」

  後輩が詩織を呼びに来た。詩織はなごり惜しそうに俺の顔をみて、後輩と行っ
  てしまった。如月さんはタイミングを逸したのか、まだ俺のそばにいる。

  「如月さん」
  「はい、なんでしょう」
  「如月さん、朝何時に起きた?」
  「え?起床時間ちょうどですけど・・・」
  「そ、そう・・・」

  如月さん、正直に答えてくれない。絶対に如月さんが俺を連れて来てくれたに
  違いないのに・・・なぜ黙っているのだろうか。隠さなくてもいいじゃないか
  ・・・。

  でも、これで貸し借りゼロだな。如月さんが俺をここまで連れて来てくれてい
  たならば、だけど・・・。

  あれは、俺の中だけの秘密。今は、詩織のことだけを考えなくては。