<3rd_GRADE 第4章:July(1)> Shiori's EYE 『夜空に舞う華麗なる火花』 もうすぐ夏。高校生活最後の夏が始まろうとしています。中間テストも無難に 終わり、期末テストも問題なく終わり。武雄君、頑張ってるわね。入学当時に 比べてすごく成績が伸びてるのよ。本人はたまたまヤマが当たっただけって謙 遜しているけど、それだけじゃあんなに伸びたりしないわ。大学進学を決心し た今、一生懸命なのね。わたしも頑張らないと。 でも、今日で終業式。1学期が終わり。明日からは夏休みが始まります。だけ ど・・・今年は受験生。遊べないわよね・・・ トゥルルルルル・・・ あ、電話だ。はい、藤崎です。 「あ、詩織?高城だけど」 「武雄君?どうしたの、今日は」 「あ、ああ。折角学校も終わったし、高校生活最後のアレに行こうかと思って さ。今年はすごいらしいぜ」 「あ、アレ?アレって?」 アレ・・・何かしら。 「なんだ、詩織は知らないのか?今年の縁日は7月の終わりなんだぜ。いつも は8月の頭にやるのに。それで、今年は更にすごいことに花火大会が開催され るんだぜ。いつもは出店くらいしかなかった縁日なのに」 「へぇ・・・なんだか華やかそうだね」 「勉強も忙しいかもしれないけど、今週の日曜、行かないか?」 「え?」 「だめ?」 だめなわけないよ。武雄君からのデートのお誘い、誰が断るものですか。 「だめなわけないよ。いいよ。行こう」 「よかった。花火大会でのメインは『乱れ昇龍七変化』って奴らしい。なんか 名前からしてすごそうだよな」 「ふぅん・・・どうしてそんなこと知ってるの?」 「留さんが言ってた」 「と、留さん?」 誰?留さんって。武雄君の友達?それにしては渋い名前だけど・・・ 「なんかさっき間違い電話がかかってきたんだよ。まぁ留守電だったんだけど さ。そしたら『おう、俺だ、留だ。今年の乱れ昇龍七変化楽しみにしてくんな』 とか言って切っちゃったんだよ。だから」 へぇ、そんなこともあるんだ。間違い電話で、情報をゲットってところね。 「なんだか知らないけど、うち、間違い電話が多いんだよな。そういう時に限 って留守電だったりするんだけど・・・」 「たとえば?」 「なんか女の子の声で『宿題出来た?』とか。しかも、俺は出来てなかったり するから恐いよな」 「偶然っていうのも恐いね。たまたまその女の子も宿題出されてたんだね。で、 友達かなにかと宿題の打ち合わせをしようとしてたとか?」 「ああ、そんなところなんだろうな。でも、なんか俺に語り掛けてくる口調な のが気になるんだよな。『伊集院さんの家って大きいのね』とか『交差点の角 に出来たケーキ屋さん、今度行こうよ』とか」 「最近はやりのストーカーって奴じゃないの?武雄君、人気者だから」 「なに言ってるんだか。俺なんかより詩織こそ自分のファンがいること自覚し てるのか?」 えっ?わたしのファン?なに? 武雄君の話だと、わたし、1年の演劇で一躍有名人になっちゃったらしいわ。 新聞部の『学校内で気になる人』アンケートでダントツ1位になったとか。そ んなこと、全然知らなかった・・・ 「ストーカーねぇ・・・気をつけるに超したことはないけど、俺なんかより詩 織の方が心配だよ。俺なんか男だから別にいいんだけどさ、女の子がストーカ ーとかにつきまとわれると危ないからなぁ」 「えっ、男の子だって一緒だよ」 「とにかく気をつけるに超したことはなし、ってことだな」 「それはそうね。じゃぁ日曜日、夕方に神社の前で待ち合わせでいい?」 「おう、分かった。それじゃぁ」 今年も武雄君と縁日に行けることになりました。嬉しいな。今年も浴衣着て行 かなきゃ。 ☆ ☆ ☆ ☆ 日曜日夕方。オレンジ色に染まった空。雲一つないきれいなオレンジ。カラッ と晴れて絶好の花火びよりね。これなら花火もよく見えそう。 わたしは浴衣に着替えて神社に行きます。でも、花火見るのに神社じゃぁ、み にくいんじゃないかしら? あ、武雄君だ。今日は早いのね。 「ごめんね、ちょっと仕度にてまどっちゃって」 「あ、別に。平気平気。それより、今年も浴衣なんだな」 「え?いけなかった?ごめんなさい・・・」 「い、いや、そういうわけじゃなくてさ。かわいいよ。詩織にぴったり」 この浴衣、一番のお気に入りなんだもの。実は去年も着てたんだけど・・・さ すがに武雄君、そこまでは気づかないみたいね。 「・・・ありがとう。嬉しいな」 なんか、頬が赤らんでいるのが自分でも分かるくらい嬉しいな。他の誰より武 雄君に誉めてもらえたり喜んでもらえたりするのが一番嬉しいんだもの。 時間が経つのは早いもので、夜店を回っている間にいつのまにか日は暮れて真 っ暗。縁日のメインの花火の時間になろうとしています。でも、縁日で花火大 会ってやるかしら、普通? 「まぁ、細かいことは気にしない気にしない。それじゃぁ行こうか」 「え?どこに?」 「ついてくれば分かるって。行くぞ」 ☆ ☆ ☆ ☆ ちょっと歩いた先は、学校の側の高台。ちょっとした公園みたいなものがあっ て、ベンチとかも用意されているの。こないだ伊集院君のところでのクリスマ スパーティーのとき、高台があるっていう話をしたと思うんだけど、あの高台。 ここから見るときらめき市の風景が一望できるの。ということは・・・ ドーン。ドドーン。 「あっ!」 「始まったみたいだな」 何といえばいいのかしら・・・ここにくればきらめき市の風景が一望。高台と いうことは、街中でみるよりも建物に邪魔されずに空が見えるということ。と いうことは・・・ ドーン。ドドーン。 「すごい・・・きれい・・・」 「なんか、思った以上にここで見てる人って少ないよな。もっといるかと思っ たのに。かなり穴場かもな」 「うん。すごいね。特別席みたい」 本当に周りには誰もいない。時折道路を走る車の音。どうして、こんなにいい 場所があるのに、みんな来ないのかしら。神社の近くのマンションの屋上など では見物してる人たちが群れをなしています。花火は離れてみるもんだ、って 誰かが言っていた気がしたけど、まさにその通りかも。近くで見ると首を上に あげないと見えないけど、ちょっと離れてみれば普通の視線で見られるものね。 綺麗・・・ 「星空のイリュージョンみたいだね」 「え?う、うん・・・なんかそんな言葉がぴったりだね」 武雄君ったらすごいロマンチックなこと・・・でも、その通りね。なんだか、 吸い込まれそうな星空に広がるいろいろな花。光っては消え、消えては光り、 はかない花たち。 「でも、この音を聞くと花火、って感じがするよなぁ。日本の夏って感じがし ないか?」 うんうん。ドン、ヒューって鳴る音はまさに日本の夏の風物詩。あんな音を出 して、あんなに綺麗な花火を見せるなんて・・・ 「でも、すぐに消えちゃってはかないよね。なんかずっと光ってたら綺麗なの にな」 率直な感想をわたしは口にしちゃった。 「あ、でもすぐに消えちゃってはかないから美しく見えるって言うこともあり えるものね・・・花火ってはかないから綺麗で美しいのかもね。武雄君?」 武雄君の方を見ると武雄君、花火に見入っています。綺麗だものね・・・でも、 何を考えて花火を見ているのかしら・・・ちょっと気になるかな。 ふと花火がやみました。終わりかしら?あたりは静寂に包まれます。すると・ ・・ ドン・ドン・ドン・ヒュー・ヒュー・ヒューバン・バン・バン いろいろな色の花火があがります。数えられないほどの花火が。その明るさは 昼間のよう。これが『乱れ昇龍七変化』ってやつなのかしら・・・ 武雄君はじっと花火を見つめるだけ。仕方ないから、今はそっとしておいてあ げよう。ふたりで見に来られたことを感謝しつつ、私も少し自分の世界に入っ ちゃおうかな。