<3rd_GRADE 第1章:April(2)> Takeo's EYE 『午後の紅茶と伊集院』

  ホームルームも終わり。3年生の1日目が終わろうとしている・・・が、一つ
  だけ忘れていた。

  『進路相談』があるんだった・・・

  さっさと帰ろうと思っていたのに、まったくどういうことだ。詩織はさっさと
  面談を終わらせているようだ。当分自分の番が回ってきそうにないので、先に
  帰ってと伝えておく。いつ順番が回ってくるか分からないのにずっと待ってい
  てもらうのも気が引けるからな。

  教室には何人かが進路面談待ちをしている。あ、如月さんもまだ終わってない
  んだ。

  「如月さんもまだ、面談終わってないの?」
  「あ、高城さん・・・そうなんです。保健室で横になっていたら順番が飛ばさ
  れたみたいで」
  「そうか・・・そういえばフラっと倒れてたもんね。大丈夫?」
  「あ、はい。今は大丈夫です。ところで高城さんの番ってもうすぐじゃないん
  ですか?」

  え?あ、ホントだ。もう次の番だ。

  「高城さんはどうするんですか?進路」
  「俺?俺は・・・あんまり考えてないんだよなぁ。一応大学にいってみたいっ
  ていうところまでは決まったんだけど、何がやりたいのかはまだ決まってない
  んだよ。如月さんは?お決まりのゲーテ?」

  如月さんは嬉しそうに答えた。

  「ええ。私にはそれしかないですから・・・でも・・・」
  「でも?」
  「ゲーテのことを学べそうな大学ってこの周りにはないんですよね。だから、
  あきらめて別のことをするか、それとも一人で暮らしていくか・・・どちらか
  になるんですよ」
  「一人か・・・如月さんが一人暮らしって、すごく様になるけど、なんか心配
  だよね。こう言っちゃわるいかもしれないけど」
  「ええ、そうなんです。だから、両親にもなかなか話しにくくて・・・」

  みんな自分の進路なんだもんな、一生懸命考えてるんだよな。俺も考えなきゃ
  いけないんだよな・・・

  「でも、如月さんも好きなことをやりたいんだったら頑張るしかないよ。やり
  たいことやれば体の調子も良くなるかもしれないしさ。一人暮らしがだめなら
  俺が近くに住んでやるよ」

  などと訳の分からないことを言っている自分。無論、ジョークだ。いや・・・

  「え?あ、ありがとうございます。頑張るしかないですよね」

  そう。頑張るしかないんだよな、今の俺達には。大学受験。もちろん大学にい
  くだけなら簡単かもしれないが、自分にいきたいところ、やりたいこと、今ま
  での生活・・・そんなことをすべてひっくるめて考えていくとなかなか選択の
  余地は広がらないような気がする。自分の出来ることって、限られているんじ
  ゃないか・・・と。

  「ええ。でもなるべく自分のやりたいことが出来ればいいですよね・・・あ、
  高城さん呼ばれてますよ」
  「あ、ほんとだ。いかなきゃ。それじゃぁまたね、如月さん」
  「はい。また明日」

  俺は職員室に入っていった。

             ☆              ☆              ☆              ☆

  進路面談といっても、俺が大学進学が希望と告げると『そうか、じゃぁ頑張れ
  よ』で終わってしまった。どちらかというと学校の中では模範生(俺自身はそ
  んなことおもっちゃいないんだが)みたいなので、特に問題もなく終わったの
  だ。こんなことなら思い悩むんじゃなかったな。

  ただ、志望校その他きちんと考えておくようにとは言われた。当然といえば当
  然のことだよな・・・早く志望を決めないと。

  拍子抜けした感で教室に戻ると如月さんはいなかった。あれ?順番の途中に入
  れてもらえたのかな?まぁ、いっか。帰る準備をして、と。

  「やぁ、一般市民の高城君じゃないか」
  「・・・」

  こんな言葉で登場する奴は一人しかいない。

  「やぁ、ポカポカジャンケンで気を失った伊集院君じゃないか」

  思いっきりイヤミを言ってやった。お、HITしてるようだ。かなりのダメー
  ジを与えてるみたいだぞ。ふん。いつもイヤミたらしくしてる罰だ。

  あ、あれ?いつもなら悔しそうな顔をするのに・・・お、おい。なんだよ、そ
  んな悲しそうな顔をするなよ。なんか俺が悪いことしたみたいじゃないか。

  「おいおい、女みたいに泣きそうな顔してるぞ」
  「・・・」
  「な、何だよ気色悪いな」

  コイツ、どうしちゃったんだ?なんか恐いぞ。本当に女みたいだ。

  「高城君。今日は一緒にお茶でもどうだね」

  は?

  「悪いが、ちょっと付き合ってもらうよ。一般庶民の飲むお茶がどんなものか
  教えてくれたまえ」
  「あぁ?」

  訳が分からん。

  「じゃぁ行こうか」

  伊集院が指をパチンと鳴らすと教室に屈強な男たちが入ってきた。私設ボディ
  ーガードって奴だろうか。俺と伊集院の周りを囲むと連行されるかのように移
  動させられてしまった。何がどうなってるのか分からん。

  「おい、伊集院。なんなんだよ、コレ」
  「別に、見ての通りだ」
  「何で俺なんだよ。他にもお茶しに行くなら適当な人間がいるだろうに」
  「ふふ。一番庶民的なのが君なんだよ。だから君を選んだのさ」
  「・・・」
  「まぁ、それはそうと。さぁ伊集院家が誇る高級リムジンだ。君みたいな人間
  は最初で最後かもしれないがね。まぁ、乗ってくれたまえ」

  ・・・なんとも形容のしがたい車。異様に長細い車だ。確かに高そうではある
  が、こんなののって街中は・・・走りたくないってのが正直なところだ。

  しかし、明らかに強そうな男たちに囲まれて逃げ出すことも出来ないので、し
  ぶしぶ乗り込む。

  「さぁ、どこに連れていってくれるんだい?期待させてもらうよ」

  といっても俺の行く喫茶店なんて、一つしかない。運転手に場所を告げる。運
  転手は40台の折り目ただしそうな男の人。運転稼業に命をかけているのだろ
  うか・・・どっちにしても俺とはまったく違った世界だ。

  「ところで、高城君は進路はどうするんだい?」
  「え?普通に大学にいくつもりだけど。伊集院は?留学とかするのか?」
  「ああ。帝王学を学びにアメリカに行くことになっている。本当はそんなくだ
  らないことに時間を費やしている暇はないんだが・・・」

  伊集院の顔が一瞬陰ったのを俺は見逃さなかった。こいつにもいろいろと思い
  悩むことがあるのかもしれない。

  「まぁ、アメリカなんかはうちの庭みたいなものだからねぇ。君に会いに日本
  にすぐにでも戻ってくることが出来るが」
  「(別に俺は会いたかないけど・・・)」

  程なくして俺の知っている唯一の喫茶店に到着。

  カラン、コロン、カラン、コロン

  いつものドアを開けるとざわめきが。今日は平日。しかも早く学校が終わった
  こともあり、いつも以上に集まっている・・・というかたむろしている。そう、
  ここは・・・『ときめ後』。

  「ずいぶんとうちの学校の生徒が多いんだなぁ」
  「まぁな。ちょっとした溜まり場になってるみたいだけど」

  あちこちから黄色い悲鳴が湧き起こる。伊集院が来たことに気づいたみたいだ。
  伊集院は伊集院財閥のひとり息子でもあるが、きらめき高校の理事長の孫でも
  ある。学校内ではちょっとした(いや、学校中の人間が知っている)超有名人
  だ。最近では他校の生徒にも人気があるとか。伊集院様、とかレイ様とかもう
  店の中は絶叫であふれかえっている。

  「店を間違えたかな。さすがにここを選んだのは失敗だったかも」
  「まぁ、君が選んだのだから余程庶民的なのだろう。まぁ座るとしようか」

  さすがにボディーガードたちは店の中にまでは入ってこないが、きっと店の前
  で待ち構えているのだろう。そうぞうしただけで恐そうだ。客なんか入ってこ
  なくなるぞ・・・ってどうせ普通の客なんか来ないか、ココには。

  ひと騒ぎ起きたが、伊集院がまぁまぁと手振りをすると静かになってしまった。
  さすがにその辺はカリスマ性とでもいうんだろうか。空いている席はカウンタ
  ーしなかったので、とりあえず座る。

  「いらっしゃい。あれ?・・・いや、気のせいか」

  マスターこと叔父さんは伊集院の顔をジロジロと見ている。何か気になること
  でもあるんだろうか?とりあえず伊集院にはここのマスターと俺との関係は話
  していない。またうるさそうだからな。

  「伊集院、どうする?注文」
  「どうせ、注文してもあるわけじゃないだろうから、君と同じ物で構わん」

  ・・・コイツ、メニューを見ようともしない。

  「じゃぁ、モカ・キリマンをふたつ」

  モカとキリマンジャロのブレンドなのだが、酸味の中にまろやかさがあってう
  まい。600円とメニューの中では比較的高い部類に入るのだが伊集院を連れ
  ているから変なものを飲ませるわけにも行かないだろう。大体、こいつが普段
  どんなものを飲んでいるのかも分からないからなぁ。きっと・・・

  「僕のうちのコーヒーはねぇ・・・」

  やはり始まった。伊集院家独占契約農場がブラジルにあって、そこで自家栽培
  のコーヒー豆、アルプスからその日に汲んだ水で作ったコーヒーを飲んでるん
  だと。そんな話を10分くらい聞かされた。

  コーヒーが来た。マスター、もっと早くコーヒー作ってくれりゃ、こんな話、
  聞かされなくてすんだのに・・・

  「どれ、頂くとしようか」

  カップを丹念にみたり、コーヒーの色、香りなど穴が空くほどチェックしてい
  る。そしてカップに口をつけて・・・

  「キャッ!」

  え?今の声は・・・伊集院の口から?そうとしか思えない。

  「なんだ、今のカエルをひきつぶしたような声は?」
  「い、いや・・・なんでもない。ちょっと熱かったので焦ってしまっただけだ。
  失礼したね」

  今日の伊集院はなんだか変だなぁ・・・

  とにかく、このつらい数時間が終わるころには、俺はへたへたになっていた。
  伊集院的には『庶民の味にしては随分といい味してるじゃないか』とコーヒー
  の感想。とにかく及第点だったようだ。

             ☆              ☆              ☆              ☆

  うちに帰って。この話をしないわけには行かないだろう。詩織に報告する。

  「伊集院君、思った以上に『友達』がいないからじゃないかな。武雄君のこと
  を『友達』だと思ってくれているんじゃないかしら」

  そうか。あいつの家庭事情を考えると友達なん作る余裕はなさそうだもんなぁ。
  だとしても、何で俺なんだ?

  「そのうち、またお誘いがあるかもしれないね」

  などと詩織は冗談を言っていたが・・・今日は疲れた1日だった。肩凝っちゃ
  ったよ。