<3rd_GRADE 第12章:March(2)> Mio's EYE 『新しい自分を』

  どうして今、私はここにいるのでしょう。頭の中がぼうっとして何も考えられ
  ません。

  伝説の樹・・・

  私は今、校門の側にある伝説の樹の下で・・・人を待っています。その人のこ
  とを好きだと分かったのはつい最近です。本当は高校に入学する時から気にな
  る人だったのですが、それに気づいたのは今年に入ってからでした。それまで
  も気になる人だったのですが、その人には既に恋人もいたし・・・

  ・・・誰か、こちらに向かって走ってきます。私は掛けていてもあまり良く見
  えないほど目が良くないのですが、誰が来るのかははっきりと分かりました。

  ・・・来てくれたのですね・・・本当に・・・

  樹の下に着いた彼は息を切らしてゼーゼーでした。急いでここまで来てくれた
  んですね。私のために・・・私の手紙を読んで・・・

             ☆              ☆              ☆              ☆

  卒業式が終わり、私は今までにないほど全力疾走して、クラスに戻り彼の机の
  中にそっと手紙を入れておきました。もちろん、来てくれるかどうかは分かり
  ませんけど、来なかったとしてもそれはそれで仕方のないことですし・・・

  手紙の中身ですか?

  『伝説の樹の下で待ってます』

  たったこれだけです。別にわざとじゃないのですが、名前は書いていません。
  私の気持ちを少しでも理解してくれていたらきっと名前なんか書かなくても来
  てくれるはずだ、そう思ったのです。後々考えてみるとかなり傲慢な考え方だ
  ったのですが・・・

  ホームルーム(卒業証書などをもらったりしたのです)中、ドキドキです。彼
  は読んでくれたのでしょうか、来てくれるのでしょうか・・・と。

  ホームルームが終わると即教室を出ました。もちろん彼には気づかれないよう
  に。大急ぎで伝説の樹の前に向かい、来ないかもしれない彼を待ち続けていた
  のです。

             ☆              ☆              ☆              ☆

  「き、如月さん・・・」

  彼が顔を上げました。まだ息は完全に整っていないようです・・・私のために
  わざわざ走って来てくれた・・・

  「すみません、お忙しいのにこんな所に呼び出したりして」
  「・・・はぁはぁ、別にそれはいいんだけど・・・」
  「どうしても高城さんにお話しておかなければいけないことがあったのでわざ
  わざお呼びしてしまいました」
  「え?」
  「私、小さいころから病弱で死ぬかもしれないなどと言われていた時期もあっ
  たのですが、幸いにして死には至らず奇跡的に健康な体を取り戻すことが出来
  ました・・・と言っても、普通の人に比べれば病弱といわれる体ですが・・・
  お医者様などにいつも言われていたのが『諦めてはいけない』ということでし
  た。病は気から起きる。だからダメだと思ったら本当にダメにしまう。だから
  生きる気がないとダメなのだ、と。」

  高城さんの息が整ってきたようです。

  「私は、いつしかそんな精神を忘れてしまっていました。私の体はこれ以上良
  くなるはずはない、なんとかしてこの体と付き合っていくしかないのだ、と。
  そんな否定的な考え方をするようになってしまっていたのです」

  私は、手に持っていたマフラーを高城さんに渡しました。

  「これ・・・お返しします」
  「ん?」
  「大学受験の日、高城さんにまた助けられてしまいました。その時のマフラー
  です」

  しかし、そのマフラーは・・・

  「あれ?このマフラー、ホントに前のやつじゃないんじゃない?」
  「・・・」
  「どういうこと?」
  「・・・そのマフラー、私が編んだものです」
  「え?」
  「私は、何事に対しても臆病な性格になってしまいました。もちろん、体が病
  弱だったからというのが原因なのですが、それを原因にするつもりはありませ
  ん。私自身が臆病なだけなのですよね。小さいころからおとなしかったから、
  友達ができず、本を読むことだけが楽しみになってしまっていました。そんな
  のではいけない、といってくれる数少ない友達もいたのですが、すべてに対し
  て臆病になっていたのです」

  大きく息を吸って吐き出します。一気に話しまくってしまっています。しかし、
  ここは頑張らなくては。

  「恋に関してもそうです。私は恋に恋していました。いつかは白馬に乗った王
  子様が・・・とまでは行きませんが、恋愛小説やドラマみたいな恋に恋してい
  ました。もちろん、そんな恋はそこら中に落ちているわけもなく、私の恋は一
  生実るはずもない、そう考えていた時期もあります。でも、でも・・・」

  「好きになってしまえば、あとはどうにでもなる、というよりはどうにもなら
  ない、と言うことが分かってしまったのです。自分から出て行かなければなに
  もつかめない、他人任せな人生ではいけないということがやっと分かったんで
  す!」

  息を切らし始めたのは私の方でした。これしか話していないのに息が切れそう
  なんて・・・

  「だから・・・私の想い、受け取ってください。私の編んだマフラーです」
  「如月さん・・・」
  「いけないこととは分かっているのですが、もう自分を隠すのは嫌です。だか
  ら少なくとも私の気持ちだけは伝えておきたい、そう思ったんです。普段の私
  でしたら、到底思いつかないような発想なのですけど・・・伝わらなくてもい
  いです・・・聞いていただけさえすれば・・・」

  「如月さん・・・俺・・・」

  高城さんはそういっていたような気もしましたが、もう止められません。

  「高城さん。私は、あなたのことが好きです」
  「如月さんのことが好きだ」

             ☆              ☆              ☆              ☆

  「・・・」
  「・・・」

  自分の言葉に夢中で高城さんが何を言ったのか聞いていませんでした。高城さ
  んは私の方を見つめています・・・。高城さん、何といったのでしょう。聞き
  かえしてたほうがいいのでしょうか。

  「俺も、前から如月さんのことが好きだったんだ・・・高校受験のあの日から
  ・・・今までずっと」

  ・・・そうだったんですか・・・え?高城さんが?私のことを?高校受験の日
  からずっと?え?

  「・・・」

  不思議そうな顔をしていたのでしょうか、高城さんが口を開きました。

  「高校受験の日、偶然如月さんを担いで駅の医務室まで行ったじゃない?あの
  時、俺・・・如月さんに一目惚れしてしまったんだ。自分で言うのは結構はず
  かしいんだけどさ」
  「・・・」
  「でも、時間もなかったし駅員さんに任せて会場・・・といってもこの高校だ
  けど・・・に向かってしまったんだ。その時はものすごく悔しかった」
  「高校に入った時、驚いたよ。あの時助けた子が同じクラスにいるなんて。運
  命なんていうとクサいものがあるけどさ、なんかそんなものを感じたんだ。俺
  なりにね。それから俺の目はもう如月さんに釘付けだった。如月さんの一挙一
  動にドキドキしたりして・・・ホント、恥ずかしい話だけど」

  「運動会とかで助けてくれたのも高城さんでしたね」
  「ああ、そうだったっけ。あの時も夢中だったからなぁ。たまたま近くにいた
  というのもあるんだけど」

  高城さんはうつむき加減になりながら話を続けてくれました。

  「でも、俺には・・・詩織がいたんだ」
  「・・・」
  「詩織のことは今でも好きだ。今までずっと一緒にきたし、下手な男友達より
  気心が知れてるっていうのもあるかもしれないな。でも、俺が詩織のことを好
  きというのと、俺が如月さんを好きというのはやっぱりちょっと違うことが分
  かったんだ。一目惚れだからなのかなぁ・・・うまく言えないけれど」

  でも、でも・・・

  「私なんかでいいんですか?私、体も弱いし、取り柄なんか読書することくら
  いしかないですし・・・眼鏡かけててかわいいわけじゃないし・・・」
  「前にも言ったと思うんだけど、如月さんの笑顔、すごくかわいいと思うよ」
  「そういえば・・・クリスマスパーティーの時でしたね」
  「そうそう。もっと自分に自信を持たなきゃ。当たって砕けろっていうじゃな
  い。たまにはそういう精神で頑張るのも悪くないと思うよ」
  「ふふっ、そうですね・・・でも・・・」

  肝心の部分は解決されていません・・・

  「え?如月さん、どうしたの?具合でも悪い?」
  「い、いえ・・・そうではなくて・・・私のことを好きといっていただけるの
  はものすごく嬉しいのですが・・・ということは・・・あの・・・藤崎さんは
  ・・・」

  こんなこと本当は聞いてはいけないのかもしれません。高城さんが私のことを
  好きだ、といってくれただけでもすごく嬉しいのに。

  「さっき、お別れを言ってきた」
  「え?」
  「如月さんからの手紙を読んで、ここに来る前に詩織に会った。というより、
  詩織はこうなることを分かっていたんだろうな、きっと。俺を待っていたみた
  いだった」
  「それで・・・」
  「詩織は笑って送り出してくれたよ」
  「・・・」
  「だから、俺も詩織の好意を無にしちゃいけないんだと思ってる。そんな考え
  方って傲慢なのかもしれないけど・・・。だから、俺もこうやって素直な気持
  ちで如月さんに、今思ってることを話してるわけで・・・」

  そうですか・・・藤崎さんは、全部分かっていたんですね・・・

  「如月さんが好きだ。これからもずっと一緒にいたい」
  「高城さん・・・」
  「俺だって、何をやっても中の上くらいで、これといった取り柄もないけどさ、
  如月さんのことを世界一好きなんだぜ」

  高城さん、自分で言って照れています。私も・・・なんだか恥ずかしいです。

  「ありがとう・・・ありがとうございます」

  こんな私でも、幸せになれるのですね・・・なんだかものすごく嬉しくなって
  しまいました。涙が、涙が止まりません。

  「ほらほら、泣かないで。せっかくの卒業式なのに・・・」

  こうして、新しく生まれ変わった(と思っているだけなのかもしれませんが・
  ・・)私の新しい生活が始まろうとしていました。