<3rd_GRADE 第12章:March(1)> Shiori's EYE 『想い出をありがとう』

  卒業式。思えば3年間長いようで短かった、などという平凡な感想しか出てこ
  ないけど・・・平凡でも仕方ないわよね。事実なんですもの。

  卒業式といってもいつもと一緒。朝、武雄君を呼びに行って一緒に学校に行っ
  て・・・

  でも、武雄君の様子がちょっとおかしい。元気ないみたい。ううん・・・わか
  ってるの・・・でも、それを問いただす勇気はわたしにはないし、そんな権利
  もないから。それに・・・恐いし。

  きらめき高校の卒業式は制服のまま行います。学校によっては服装自由なんて
  学校もあるみたいだけど・・・。羽織袴を来て卒業式に行きたい気もするけど、
  さむそうだしね。

  ちょっと早く学校に着いたのですが、何とびっくり。クラスの半分以上の人が
  既に登校しているの。最後の日に限ってみんなきちんと来るなんて、現金なも
  のね。あ、朝日奈さんまでいる。天下の遅刻魔も最終日は普通の女子高生ね。

  思い思いに卒業式が始まるまでの時間を過ごしています。わたしは・・・ちょ
  っと心配。不安・・・

  卒業式が始まっても不安は解けません。むしろ不安はつのるばかり。卒業式ど
  ころではないみたい。卒業証書の手渡しはないからただただ校長先生や他の人
  の話を聞いているだけ。もうすぐこの高校ともお別れなのね。大学(といって
  も合格してたらだけど)にいったらまた新しい生活が始まるのかしら。

  少しでも別なことを考えて気を紛らわせないと。今日のわたし、どうかしてる。

  あら?同じクラスの館林さん、正面向いてないでなんかじっと別な方向を向い
  てる。なんか卒業式そっちのけで一心に誰かを見つめているみたい。

  ・・・そう考えごとしているわたしも卒業式そっちのけということになるのか
  しらね。

  わたしの気持ちは既に覚悟が決まっているみたい。仕方ないわよね。そんなも
  のだとおもって割り切るしかないし・・・

  ぼうっとしているうちに卒業式も終わってしまい教室に戻ってホームルーム。
  卒業証書を担任の先生からもらったりクラスでの最後のホームルーム。クラス
  中で一番みんなもりあがる時なのかもしれないわね。嬉しさと悲しさが一緒に
  混じって。またみんなで会おうねなんていいながら最後の時を過ごしています。

  今度校門を出たらきらめき高校の生徒ではなくなってしまうのね。みんな新し
  い生活の一歩を踏み出していくことになるのね。わたしもきちんと一歩目を踏
  み出すことが出来るのかしら・・・

             ☆              ☆              ☆              ☆

  そろそろ帰らないと。うちでお母さんが卒業祝いにお食事でもって言ってくれ
  ているんだっけ。今日はお互いいつ終わるかわからないから別々に帰ろうと話
  しておいたけど・・・ちょっと覗いてみよう、武雄君の教室。

  武雄君の教室は、既に誰もいない状態。あら?お別れ会でもやってるのかしら?
  私のクラスも夜からやることになっているんだけど・・・あ、武雄君。武雄君
  だけ一人で何をしているのかしら。なんか入りにくい雰囲気かも・・・

  机の中を整理してるみたい。あら?なにか手紙みたいなものを見つけたみたい。
  え?手紙?まさか・・・

  その手紙を一心不乱に読んでいる武雄君。あの手紙はきっと・・・

  不意に立ち上がった武雄君。すっと後ろを向くと・・・わたしと目が合っちゃ
  った。ど、どうしよう。

  「し、詩織か。いつからそこにいたんだ?」
  「え?あ、あの、ちょっと前から」
  「そっか・・・」

  仕方ないわよね。どうしようもないもの。わたしの気持ちじゃない。武雄君が
  望んでいることだもの。仕方ないわよね。武雄君がわたしじゃなくて彼女を選
  んだとしても、それはわたしに魅力がなかっただけ・・・

  いえ、そう思いこもうとしてるだけなのもわかってる・・・なんだか涙が出て
  きちゃった。卒業式では泣かなかったのに。

  「やっぱり・・・いくの?」

  それだけ言うのが精一杯だった。それ以上聞くこともないし聞けないもの。も
  う、恐いとかそういう問題じゃなくて純粋に武雄君の口から気持ちを聞きたか
  った。

  「詩織・・・ごめん。自分に嘘つけないみたいだ」

  武雄君が謝れば謝るほど、わたしの目からは涙が出てくる。こうなることは前
  から分かってたことじゃないの。どうして今更涙を流しているの?

  「うん・・・仕方ないよ」

  わたしは精一杯の笑顔でそう言った。皮肉にならないように、精一杯笑って。
  恋はゲームじゃなくて勝負。勝つ人がいれば負ける人もいるわけで・・・

  「ごめん、詩織」
  「!?」

  武雄君の腕がわたしを包んでる・・・武雄君の精一杯の気持ちがわたしに伝わ
  って来る・・・

  「ごめん、詩織。詩織のこと嫌いなわけじゃないんだ・・・」

  それは十分に分かってるもの・・・ごめんなさい。わたしの方こそ。幼なじみ
  だっていうだけで武雄君をひとりじめにしようとしていたんだもの。ずるいよ
  ね。本当は武雄君だっていろんな女の子と仲良くしたかっただろうし、恋だっ
  て・・・したかっただろうし・・・。でも、わたしはそれをさせなかった。わ
  たしだけのものにしておきたかった。だって、ずっと、ずっと好きだったんだ
  もの。

  でも、でも・・・それはわがままだってことに、今更気づいたわたしって、バ
  カなのかもしれないわ・・・笑顔で送り出してあげなきゃ。今までひとりじめ
  にしていたんだから、それくらいしなきゃ・・・

  「ありがとう。武雄君。武雄君の気持ち、十分伝わってるよ」
  「詩織・・・」
  「ほら、待ってるんでしょ?伝説の樹の前で。早く行かなきゃ帰っちゃうよ」
  「ごめん、詩織・・・」
  「んもう、さっきから『ごめん』しか言わないのね」
  「あ、ごめん」
  「ふふっ」

  わたしは涙を拭いて武雄君の顔をみました。いつのまにか武雄君はわたしの身
  長をはるかに超えてました。昔はわたしの方が高かったのにね。精一杯の気持
  ちを込めて送り出してあげよう・・・

  「今までありがとう・・・さぁ、はやく行かなきゃ」
  「ああ、詩織・・・ありがとう!行ってくる!」

  武雄君は教室から出ると走って昇降口の方へ向かっていきました。

  誰もいない教室。そっと窓の方によって外を眺めます。広い校庭が一望できま
  す。校門が中央の奥に。その右手に一本の大きな古木。伝説の樹。卒業式の日、
  女の子からの告白で生まれた恋人たちは、永遠に幸せになれるという伝説のあ
  る古木。

  そのたもとに立っている女の子・・・あれは紛れもなく・・・

  涙が止まりません。勝負に負けたからじゃない・・・武雄君・・・いままであ
  りがとう。いつまでもお幸せに・・・