<3rd_GRADE 第11章:February(1)> Takeo's EYE 『思い出の日』 受験の日が刻一刻と迫ってきた。もう今月には受験なのだ。・・・とはいえ、 俺はそれほど焦ってはいない。だって、焦ったって何もはじまらないじゃない か。前日に死にもの狂いで詰め込んだ知識が試験に出る可能性なんてたかが知 れている。だから、一夜漬けなんか意味がないのだ。中間試験や期末試験と言 った狭い範囲での試験ならまだしも・・・ かといってのんべんだらりとしている場合でもない。試験は待ってはくれない のだ。はっきりいって、コツコツと自分の成績を伸ばしてきた奴が勝つ。一発 勝負な奴ももちろんいるが、そいつらは運で勝ったに過ぎない。まぁ、それは それで勝ちには変わりないが、勝率を重んじるなら無論前者だ。 というわけで、ご多分にもれず勉強をしている。高校受験の時よりは全然楽だ。 何度も言っているが、高校受験の時は俺も「運」で合格したようなものだ。今 回はそれなりに合格が期待できる。だからその分頑張って勉強しなくては。こ こで怠けたら合格できるものも出来なくなってしまう。 そういや、如月さんも同じ大学を受験するんだった。如月さんはかなり余裕な 圏内にいるはずだ。彼女、努力家だからなぁ・・・ とにもかくにも勉強するしかない。 とはいえ、勉強に身が入らない。理由?理由は分かっている。理由はあれしか ない。・・・考えれば考えるほど頭が重くなってくる。で、思考が止まる。し ばらくするとまた勉強を始める。するとまた頭によぎる。考える。頭が重くな る・・・繰返しだ。せめて受験が終わるまでは忘れなければ・・・と思うのだ が、そう思えば思うほど考えてしまう。困ったものだ。 ピンポーン あ、誰か来た。 「武雄君、こんにちは」 「よう、詩織。勉強はいいのか?」 詩織は胸に小さい箱を抱えて来た。勉強の合間にちょっと、ね、と。 「余裕だなぁ。俺なんかヒーヒーなのに」 「ふふっ、頑張れば大丈夫だよ。でも、勉強の邪魔しちゃ悪いからすぐに帰る けど」 「で?なにか用事があってきたんだろ?」 あっ、と詩織。胸に抱えていた箱を俺の前に差し出した。え?俺に? 「あ・・・今日じゃないんだけど、バレンタインデーも近いし、と思って」 「ああ、そういうことか。ありがとう。ていうか勉強はいいのか?」 「1日くらいお休みしたって平気だもん。普段からの積み重ねが大事ですから ね」 勉強の合間を縫って俺にプレゼントしてくれたらしい。俺も頑張らなきゃな・ ・・ 「じゃぁ、もう帰るね。あんまりお邪魔しちゃ悪いし、私もラストスパートか けないと。武雄君も頑張ってね」 詩織はとなりの自宅へ戻っていった。ラストスパートか・・・ラストスパート どころか、まだ最高速にも達していない俺はどうすればいいんだろう。とにか く勉強するしかないという結論が悲しく頭の中をよぎる。 トゥルルルル・・・ なんだ?今度は電話か?今日はお客が多い日だなぁ・・・ 「はい、高城です」 「あ、あの・・・高城さんのお宅でしょうか?」 「はい」 「え、あ・・・私、如月と申しますが武雄さんご在宅でしょうか?」 あ、如月さんか。どこかで聞いた声だと思ったけど。 「如月さんか。ああ、高城だけど。どうしたの?突然」 「お勉強中申し訳ないと思ったのですが、ちょっとお話がありまして・・・」 「別にお勉強中、ってほどでもないけどね」 「くすっ、余裕なんですね」 「いや、その逆さ。もう半分は腹をくくって諦めてるよ」 「だめですよ!そんなことでは。頑張って合格しなきゃ」 「え?そりゃそうだな、好雄みたいに一浪確定なんてのはイヤだからな、俺も」 既にこの時期にしてかの早乙女好雄氏は一浪が確定している。まかり間違って も合格するほどの学力はないと豪語しているからだ。あいつは大学を名前でえ らんでるからな・・・聞くところによるとナンパが成功しやすい大学(名)っ てのは現実にあるらしい。そこを目指して日夜勉強にはげんでいるらしい。が、 励んでいるのは「ナンパの勉強」であって、「受験勉強」ではないというのが いかにも好雄らしいと言うかなんと言うか・・・。とりあえず合格しないと話 しにならないのにな。というわけで、好雄は最初から2年計画で合格を目指す とのことだ。2年で合格できればいいけどな。 「あ、そうだ、ところで、どうしたの?俺に何か用事でも?」 すっかり忘れてた。如月さんから電話が来ることなんかほとんどない(あって もクラブの連絡網くらい)ので、なにか一大事が起きたのだろうか・・・ 「あ、そ、そうでした。あの・・・今日か明日、空いていませんか?」 「え?な、なに?」 なんか動揺する俺。なんで動揺してるんだ? 「い、いえ、ちょっとお話があって・・・だめですか?」 「いや、別に今日でも明日でもいいんだけど・・・如月さんは勉強、大丈夫な の?」 「ええ、私はなんとかなりますから・・・じゃぁ今日でも平気ですか?」 というわけで、今から2時間後にきらめき駅の前で待ち合わせと言うことにな った。一体、何の用があるんだろう。すごく気になる。それじゃぁ、と切った 電話の前でしばし呆然としてしまった。どうせ2時間後には分かると言うのに。 ☆ ☆ ☆ ☆ 2時間後・・・やはり如月さんは几帳面な正確なのだろう、5分前に着くよう に行ったにもかかわらず既に待っていた。一体いつから待ってるんだろう・・ ・。 ふと考える。大体にして時間にルーズってのは良くない。当たり前だ。「俺、 ルーズだからさ」などと自慢する馬鹿野郎が多いが、そんな奴とは俺は付き合 いたくない。人を待たせて当然な面で現れる。申し訳なさそうな顔をすれば少 しは同情の余地があるのだが、遅れて来てさも当然のような顔をされると非常 に腹が立つというものだ。一体どういう教育をされてきたのやら・・・と思う。 しかし、あまりに早くから待たれているのも困り者だ。5分前に来てもなぜか 恐縮してしまう。自分が遅れてきたかのような錯覚に陥ってしまうからだ。陥 らなければいいだけの話なのだが・・・ 「相変わらず来るのが早いね」 「す、すみません・・・私も来て間もないですよ」 お互いの勉強度合いを報告しながら喫茶店に入る。 何を話していいのかわからず、とりあえず口を開いた。 「もうすぐ卒業だね。あと2ヶ月もしないうちに卒業式だよ。なんか早かった 感じがするよね」 「そうですね・・・この間入学式をやったばかりなのに」 「この間生まれたばかりなのに、もう大学生なんだよな」 「ふふふ、そうですね」 そして気がつけば成人式を迎えて、知らないうちに結婚して・・・気づいたら 老人になって・・・。 「気がつかないうちに歳って取っちゃうんですね。だから自分の生きた証って 自分自身で残さないと知らないうちに年老いてしまいますね」 「まったくその通りだね・・・ところで、どうしたの?今日は突然呼び出した りして」 「え?あ、あの・・・たいしたことじゃないんです・・・突然呼び出したりし て申し訳ないと思っているのですが」 小さい包みをバッグから取り出すと俺の前に差し出した。 「ちょうどバレンタインデーですし・・・ちょっと作ってみたのですが・・・ お口に合えばいいのですけど」 「え?俺に?」 「はい」 「・・・いや・・・うん。ありがとう」 それ以上の言葉は出なかった。まさか如月さんがそんなことをしてくれるとは 思っていなかったのだ。うれしい・・・と言ってしまっていいのだろうか。う れしいというよりは驚きの方がおおきいかもしれないな・・・ ☆ ☆ ☆ ☆ 「受験、頑張りましょうね」 「ああ、2人とも合格できればいいね」 「はい。・・・次は卒業式ですね。風邪なんかひかないようにしてくださいね」 「あはは、如月さんじゃないからね」 「・・・」 「・・・冗談だってば。お互い風邪なんかひかないようにしないとな」 「ええ、それじゃぁ、また」 如月さんと別れ、家路についた。受験日まであと10日ほど。頑張らないと。 ・・・しかし、気づかなかった。家の中に入る時、手に持っているものをチェ ックされていたのを。