<3rd_GRADE 第10章:January(2)> Takeo's EYE 『湧きおこる想い(2)』 「そんなものだよ。当人が言うんだから間違いない」 「・・・えっ?」 3年間溜まっていたものが一気に噴き出した気がした。それを言ってしまった 瞬間、俺は何も考えていなかった。いや、それはちょっと違うな。意識はあっ たのだが『隠しておこう』という気がしなくなっていたのだ。言うなら今しか ないという直感みたいなものが働いたのかもしれない。 ついに言ってしまった・・・ 「え?あ、あう・・・」 如月さんも動揺気味だ。俺も動揺してるもんな・・・言われた如月さんはもっ と動揺してるに違いない。普段は落ち着いている如月さんの顔が驚きの表情に なっている。口を開いたまま何を言い出したら言いのか分からないような、そ んな状態だ。 「ごめん。隠していたわけじゃないんだ・・・なんか言い出せなくて・・・自 分から言うものでもないし・・・」 「そ、そうだったんですか・・・でも、どうして駅にいたんですか?高城さん は高校まで徒歩で行けるのに」 「ああ、親戚のうちで最後の勉強をやってたんだ。なんかうちにいると緊張し ちゃって。で、当日電車に乗ってきらめき高校に向かったら、駅で倒れてる子 がいたんだよね。それが・・・如月さんだったわけ」 「・・・」 「でも、一旦うちに帰らなきゃいけなかったから、それなりに時間も迫ってた し駅員さんに後を頼んで駅を出ちゃったんだ、本当は気が付くまで側にいたか った・・・というか気になったから・・・んだけどね」 「・・・」 如月さん、既に涙目になっている。そんなに気になっていたんだな・・・だっ たら、もっと早くに話してしまえば良かったのかもしれない。でも、それは出 来なかった・・・本当を言えば今でも半分は後悔しているのだが・・・ 「あ、あの・・・なんといったらいいのか分かりません。私を助けてくれた人 が、高城さんだったなんて・・・そんな・・・」 「『そんな・・・』って何?俺じゃまずかったってこと?」 「あ、い、いえ、そういう訳ではないんです!」 「じゃぁどういうわけ?」 「いえ、こんなに身近にいたなんて・・・と思うと・・・それにいまままでお 礼も言えずに来てしまっていたので・・・何と言っていいのか・・・」 如月さん、混乱してるみたいだ。そんな如月さんを見たのは始めてかもしれな いな。 「私がきらめき高校に合格できたのは、高城さんのおかげといっても過言では ありませんね・・・本当に何とお礼を言っていいか・・・」 「い、いや、別にそこまで恩に着る必要もないって。如月さんじゃなかったと したってそれなりに助けたと思うし・・・だからあんまり気にしないでよ。恩 に着られても俺も困っちゃうからさ」 「・・・は、はい。でもこのお礼は必ずします」 「・・・嫌だという筋合いもないし、止めないけど、ホントに気にしないでね」 「ええ。私の気持ちの問題ですから。ところで、高城さんマフラー・・・」 マフラー? 「ちゃんとつけてるんですね・・・」 「え?」 「そのマフラー。藤崎さんが編んでくれたものですよね?」 「え?あ、そ、そうだけど・・・どうして知ってるの?」 「ふふっ、藤崎さんが私に編み物教えて、って来たんですよ。藤崎さん、編み 物は未経験だったみたいで。で、私が教えながら頑張って作ったんです」 「そうだったのか・・・」 「セーターも作ったのですが・・・」 「ああ、もらったよ」 「あれ・・・実は私もちょこっと手伝ってるんです」 ああ、そういえば詩織がそんなこと言ってたっけ・・・ 「最初は藤崎さん一人で作り始めたんですけど、時間的に間に合わなくて・・ ・最後はちょこっとだけですが私も手伝ってしまったんです」 そうだったのか・・・あのセーターは如月さんも手伝ってたのか・・・ 「詩織もそんなこといってたよ、確か」 「言わない方が良かったですよね・・・藤崎さん、きっと話してると思ったの で言ってしまったんですが・・・」 「まぁ、気にしないよ。時間的に間に合わないなら仕方ないしね。宿題手伝っ てもらって、『自力でやりました』って言うようなもんだしさ」 くすくす、そうですね。とにっこり笑う如月さん。 あまりに話に夢中になりすぎて缶コーヒーがさめてしまった。 「・・・ついでだから聞いておくけど、3年のクラブ合宿で俺が倒れた時、助 けてくれたの、如月さんだよね?」 「・・・」 「というか如月さんしかいないと思ってるんだけど」 「・・・はい。別に隠すようなことでもなかったのですが・・・」 やっぱり。なんか長年の疑問が解けたような気がした。予想通りだったのもあ るが驚きはあまりなかった。 「ありがとう。まさか倒れるとは思ってなかったからなぁ・・・自分自身」 「ふふっ、そんなものですよ。突然ふっと意識がなくなっちゃうんです。だか ら、自分でどうこうっていうのは難しいんですよね。でも、本当にたまたまな んですよ、合宿所のあの池の周りに行ったのは。そうしたら高城さんがふらふ らしてて・・・ぱたっと倒れてしまったんです」 如月さんの話によると、俺は倒れたが半分意識はあったようで、如月さんの肩 を借りて医務室までなんとか歩いていったそうだ。そこでまた意識を失ってし まった、ということだ。ほとんど伝聞なのは仕方のないことだろう。 「高城さんも隠していたんですから、お互い様ですね」 そう言われてみればそうかもしれないな。俺も受験の日のことを隠してきた。 如月さんは3年のクラブ合宿の時のことを隠してきた。お互い様と言えばお互 い様なのかもしれないな・・・ ともかく、お互い様だろうと何だろうと、ありがとう。重かっただろうに。と 丁寧にお礼をいう。如月さんは笑顔で応えてくれた。 結局冷めた缶コーヒーを飲みながら、お互い受験頑張ろうということで、別れ ることとなった。勉強もそれなりにやらなければならないし・・・ うちに帰って来て・・・当然のごとく勉強など手につかなかった。3年間隠し てきたことを本人に言ってしまったのだから。詩織ですら知らない・・・。詩 織のことを考えてあえて如月さんには言わないようにしてきた。言ってしまっ たら俺の気持ちがグラつきそうだったから。詩織の気持ちを無にするわけには いかない。そういう気持ちが俺の中にはうごめいている。 しかし・・・いま、俺の中に別な気持ち・・・というよりは俺本来の気持ちと いってもいいだろう・・・が浮かび上がってきた。いままでずっと抑えてきた 気持ちが・・・。どうすればいいんだろう。