<2nd_GRADE 第8章:November(3)> Shiori's EYE 『告白』

  「実は・・・」

  そこからわたし自身なにを話したか覚えていないくらいいっぱいマスター、い
  え、武雄君の叔父さまに聞いてもらった。

  「武雄君、今日、他の女の娘から告白されていたんです」
  「ほほう。武雄も隅におけないねぇ」
  「武雄君は断っていたみたいだから良かったんですけど・・・すごく心配で。
  武雄君、自分が思っている以上にモテること、知らないみたいだし・・・」
  「詩織ちゃん自身は、武雄のこと好きなんだろ?」
  「え?あ・・・はい・・・」

  叔父さまもコーヒーを片手にカウンター越しに立っていましたが、いつのまに
  かわたしのそばに座っていました。

  「しかも、武雄はその別な娘の誘いを断ったんだろ?ってことは詩織ちゃんの
  ことをちゃんと考えているからじゃないのかなぁ」
  「そ、そうかもしれないですけど・・・」

  わたしはうつむいてしまった。

  「こないだ、武雄君とわたしが言い合っていたの、覚えていますか?」
  「ああ、あの時のね。具体的な内容は聞いてないけど」
  「武雄君、わたしに内緒でその娘とデートしてたんです」
  「ほほう。モテる男はつらいねぇ」
  「んもう。からかわないでくださいっ。わたしは本気なんですから」
  「あ、ごめんごめん。一応雰囲気を和ませようと思って・・・さ。悪かった。
  続けて」
  「で、武雄君はわたしに一言も相談もなくその娘とデートしてたんです。一言
  言ってくれればそれで済んだ話だと思うのに・・・」

  叔父さまは少し考えた末、

  「本当にそうだろうか」

  と言った。

  「本当に、真っ先に詩織ちゃんのところに武雄が相談に行ってたら済んだ話な
  のだろうか。詩織ちゃんは武雄がそんな話を持ってきたら冷静に聞いていられ
  たのだろうか」
  「・・・」
  「俺は、武雄が詩織ちゃんのことを心配して内緒ですべて済ませてしまおうと
  考えていたんじゃないかって思うよ。余計な心配をかけたくないんだろうね、
  奴にしてみれば。」
  「・・・武雄君と同じこと言うんですね、叔父さまは」

  叔父さまは笑ってた。

  「あっはっは。そうかもしれないな。一応血もつながってるしな。それに俺が
  男の観点からしか話していないってのもあるかもしれないけどね」
  「男の観点?」
  「そう。男は好きになった女の娘に変なところは見られたくないもんだよ。そ
  れが、ましてや別な娘からの告白だなんてことになったら・・・」
  「・・・」
  「男って意固地になりがちだから、どうしても自分ですべてを片付けようとす
  るんだよ。だから、武雄もそうしようとしたんじゃないかな。その方が詩織ち
  ゃんが心配しないで済むだろう、って考えたんだろう」
  「で、でも、わたしはその前にちゃんと言ってくれたほうがよかったです」
  「そうか・・・そうかもしれないね。でも、そういうことすべてを受け入れる
  ことが『好き』ってことだろ?」
  「それは、そうですけど・・・」
  「お互い、うまく行かないところもあるかもしれないけど、ギクシャクした面
  をうまく調節するのが一番大変なんだ。恋愛ってね。『好き』とかって、言う
  のは簡単だよ。でも、それを10年、20年と続けるのは大変なことだよ。ま
  してや・・・もう存在しない人間に対して・・・」

  最後のほうがよく聞き取れなかったけど、多分そう言っていたのでしょう。そ
  うよね。別に武雄君が私のこと嫌いになったってわけでもないのに、わたしが
  ピーピー言ってちゃ、武雄君も話しにくくなるだけ、っていうのはあるかもし
  れない。

  「ずっと、その人のことを好きでいられるって、すごく幸せなことだよ。他の
  奴に言わせると『偏屈』とか言われるけどね。俺はそうは思わない。別に彼女
  に忠義立てしてるわけじゃないんだ。ただ、他の人のことが目に入らないって
  だけで。もしかするとそのうち変わるかもしれないけど、ね。・・・ってなん
  で俺のこと話さなきゃいけないんだ?今日は詩織ちゃんの話なのに」
  「え?いえ、すごく参考になります」
  「だから、詩織ちゃんも今だけのことを考えないで、もっと先のことも考えて
  ごらん。難しいかもしれないけど。10年後、いや5年後、本当に武雄のこと
  好きでいられるのかどうか」
  「そうですね。考えなきゃいけないことかもしれませんね」
  「ところで、詩織ちゃん、今日は武雄を置いて先に帰ってきちゃったってさっ
  き言ってたね」
  「え?あ、そうです。だって・・・悔しかったから・・・」
  「今ごろ、武雄、心配してるぞ。絶対詩織ちゃんのうちに電話かけてるはずだ
  よ。早く帰ってかけてあげなさい」

  そういうと叔父さまはカウンターに戻って、

  「さぁ、閉店だ。ほらほら。遅くなるとご両親にしかられるぞ」
  「あ・・・は、はい。今日は本当にありがとうございました。なんだかちょっ
  と楽になりました」
  「え?ちょっとだけなのかい?なんだ、結構親身になったつもりだったんだけ
  どなぁ」
  「あ、いえ、取り消し。すごく楽になりました」

  いつものマスターの笑顔です。なんだかほっとする。

  「そうそう。それはよかった。本当、気をつけて帰るんだよ」
  「はい。また遊びに来ますね」

  カラン、コロン、カラン、コロン。

  外はもう真っ暗。9時くらいかしら。早く帰らないと心配してるだろうなぁ。

             ☆              ☆              ☆              ☆

  「詩織!どこに行ってたの!武雄君から電話があったわよ」

  ・・・あ、やっぱりマスターの言うとおりだったわ。血がつながってるから?

  相手の行動を受け入れてあげる寛容さ、そうね。それも必要よね。

  「あ、藤崎ですけれども・・・武雄君?」
  「お前、どこ行ってたんだよ!心配したんだぞ」
  「いつまでたっても校門に来てくれない人に言われたくないですー」

  思いっきりイヤミな口調で言ってやった。

  「・・・ごめん。ちゃんと話そうと思って電話したんだ」
  「ん?」
  「ほら、好雄の妹の優美ちゃんってのがいるじゃない。あの子に・・・今日告
  白された」
  「まぁ、あの子武雄君のこと好きみたいだったしね・・・それで?」
  「それでって・・・もちろん、詩織がいるから断った。で、変わりってわけじ
  ゃないと思うけど、あたまをなでてくれって言うからなでてあげた。それだけ
  だよ。他にはなんにもしてない」
  「ふふっ」
  「なんだよ」
  「血は争えない・・・か・・・」
  「え?なんだよ、それ」
  「いいの。こっちの話よ。ちゃんと断ったんでしょ?だったら仕方ないわよね。
  でも遅れそうなときはちゃんと事前に教えてね。また先に帰っちゃうんだから」
  「あ、ご、ごめん・・・今度からそうするから」
  「うん。モテる男はつらいわね」
  「あ、なんかイヤミだなぁ・・・」
  「いいじゃない。これくらい言わせてくれても」
  「・・・」
  「・・・嘘。ごめんなさい。もう言わないから。でも・・・また他の娘に告白
  されても・・・ちゃんと断って・・・くれる?」
  「え?ああ、もちろん」
  「うん、よかった・・・」

  電話を切って、自分の部屋へ。ベッドの上に横になる。はぁっ。今日はなんだ
  かぐったりだわ。でも・・・
  
  なんだか、胸のつかえがおりたみたい。体も軽い気分。なんだかんだ言っても
  武雄君のことが好き。でも・・・マスターの言うとおり10年後、とかも考え
  てみないといけないかもしれない。今度ゆっくり考えてみないと。