<2nd_GRADE 第7章:October(2)> Shiori's EYE 『Actor and Actress』

  約1ヶ月の練習期間も終り。ついに本番ね。

  原案:シェークスピア、脚本:如月未緒、監督・・・

  そしてキャスト。武雄君とわたしは・・・なんと主役です。去年の実績を買わ
  れたということですが・・・大抜擢です。なんだかわくわくしちゃうわ。それ
  に脚本は未緒ちゃんが書いているんだもの。

  台本を読んだ時、気のせいか未緒ちゃんっぽいなって感じたの。なんでかしら。
  やはり作った人の心ってこもるものなのかしらね。

  とにかく、未緒ちゃん、武雄君、わたしは本番に向けて猛練習でした。なかで
  も、メインになるのはシーサーとクレオパトリが抱き合うシーンかしら。ふふ
  っ。た・の・し・み。わたしだけの楽しみかもしれないわね。でも・・・史実
  上で、シーザーとクレオパトラって・・・会ったことあったかしら?ま、いい
  か。会ったことがなかったとしても、基本的に創作だものね。

  台詞も去年に比べて数倍です。覚えられるか不安だったのですが、やっている
  うちにからだが覚えてくるの。からだが、って言うのも変な話なんだけど、お
  芝居をするときの何気ない演技で、口から勝手に台詞が飛び出してくるように
  なるの。去年は台詞を覚える、っていうことに一生懸命だったけど、今年はそ
  んな理由もあってか、台詞は覚える必要もなくて、勝手に身についていました。
  だから、演技に集中できたのかも。聞いてみると、武雄君もそんな感じだって、
  言ってたわ。これって、わたしたちの演劇のレベルが高くなったってことなの
  かしら。

  猛練習の甲斐もあってか、自分では満足の行くお芝居ができそうね。でも・・
  ・今日は本番。どうしよう。去年経験しているけど、さすがに舞台に立つとき
  は緊張しちゃう。足が震えたり、唇が震えたり。

  でも、不思議とお芝居が始まって少しするともうそこは舞台じゃなくなる。今
  回で言えば、わたしはクレオパトリになってるの。自分が藤崎詩織だってこと
  を忘れて。それくらい夢中になってるってことね。だから、緊張するのって最
  初だけかもしれない。他の人はどうなのかしらね。

  「おれ?俺は・・・緊張しっぱなしかな。いつ切れてもおかしくないくらい張
  り詰めてる。でもそれが心地いいんだよな。冷静な自分がいて、演技をする自
  分がいてさ。冷静な自分は演技する自分をじっと見つめてるんだ。もちろん、
  実際に自分自身が見えるわけじゃないから、たとえ、だけどさ。『ここは、こ
  う言う風に強い口調で言え』とか『ここはいとしい人を守る優しい目でいろ』
  とかね。それを演技する自分が受け取って、実行に移す?そんな感じだよ」

  とは武雄君の弁。人それぞれなのかもしれないわね。

  本番10分前。わたしと武雄君は舞台の袖で待機。メイクも済ませ、あとは幕
  が上がるのを待つだけです。いまさら台本を見ても覚えられるわけもないので、
  じっとみんな待っているだけ。忙しそうに準備をするのは大道具さん。監督も
  袖から檄を飛ばします。

  ブーーーーーーーー・・・

  開始のブザー。ついにわたしと武雄君主役の物語の開始。『ジュリアス・シー
  サー』。

             ☆              ☆              ☆              ☆

  あっけないまでの1時間半。あっという間に終わってしまいました。お客さん
  の反応はどうだったのかしら?舞台裏に戻ってみると・・・

  「あ、あなた。藤崎詩織ね」
  「え、そ、そうですけど・・・」

  髪の長い女の子。えっと、制服を見るからにうちの学校の生徒みたいだけど・
  ・・

  「ああ、わたし?わたしは2年A組の紐緒結奈よ」
  「は、はぁ・・・」
  「あなた、才能があるわね」
  「は、はい?」

  なんだかわからないけど、ちょっと苦手なタイプかもしれないわ・・・

  「いえ、さっきの演劇、見させてもらったわ。くだらないストーリーだったけ
  ど」
  「・・・」
  「あなただけは、そのなかで輝いていたわ。どう?私のクラブで一緒に高みを
  目指してみない?」
  「え?」

  何を言っているのかしら、この人。

  「あなたと私とで、アインシュタインをコケにしてやるのよ!相対性理論?あ
  んなものちょっと考えればその辺のオヤジどもですら考え付くような理論じゃ
  ない。さっさとアレを超える理論を導き出して、全世界を震撼させるのよ。そ
  して私とあなたは・・・」

  も、もしかして新手の宗教の勧誘とかかしら。なんか怖いわ。

  「おい、どうしたんだ?詩織。うげっ」

  あ、ちょうどいいところに武雄くんが。あら?武雄くんなんか様子がヘン。

  「あら、そこにいるのは高城武雄じゃない。ふふっ。とうとう私の計画に参画
  する気になったのね。歓迎するわよ。二人まとめて」
  「違うに決まってるだろうが。ったく。詩織にまで言い寄るのか。俺も詩織も
  普通に生活するんだ。世界征服に興味はない。わかったらさっさとあっちに行
  ってくれって」

  せ、世界征服?な、なに?どういうこと?
  紐緒さんは肩をすくめて一言。

  「ふぅっ、仕方ないわね。今日のところはこの辺で引き下がっておくとするわ。
  でも、いずれ必ず、あなた達を手に入れて見せるわ。例えどんな手段を使って
  も、ね。ふふふ・・・」

  SFに出てくるような陰気くさい研究者みたいな無気味な笑いを残して紐緒さ
  んはどこかへ去っていったみたい・・・わたしは武雄くんの腕につかみかかり
  ます。

  「な、なんなの?彼女?」
  「あ、ああ、科学部の女の子でさ、ノーベル賞受賞確実とうたわれてる秀才。
  世界征服が夢なんだって」
  「へぇ、それで・・・って!そんなにすごい娘なの?」
  「そうらしいぞ。なんでも風邪を一発で治す薬を開発したとかしないとかで、
  既にノーベル賞候補に上がっているらしい」
  「そんな人が世界征服するの・・・?」
  「まぁ、科学者にありがちな偏屈さ、ってところじゃないのかなぁ。俺もこな
  いだ半分強引誘われたのさ。薬みたいなの飲まされて、科学部に連れて行かれ
  て」

  え?なんかへんな薬でも飲まされたのかしら・・・大丈夫?武雄くん?

  「ああ、それが失敗作だったらしくて『あら、なにも効かない?おかしいわね
  ぇ』とか言いながらブツブツ言ってたよ」
  「なんか、すごく心配・・・体に異常とかないの?お医者さんとか行かなくて
  も平気なのかしら」
  「いいんじゃないの?なんとかなるって」

  そ、そうかしら・・・なんか、すごい人が同じ学年にいるのね。驚いちゃう。

  「それより詩織、お客の反応、聞いたか?」

  あっ、すっかり忘れてた。そうだった。クラブの人に反応を聞こうと思ってこ
  こに戻ってきたのに・・・

  「で?どうだったの?」
  「それが・・・」
  「や、やっぱり・・・なんかパロディものってウケないものね」
  「おおむね好評だったんだよな、それが。みんな驚いてたけど」

  え?んもう、武雄くんったら。・・・そうかぁ、とりあえず好評だったのね。
  なんかほっとしちゃった。何箇所かセリフをミスったところもあるんだけど、
  それなりに納得の出来る演技が出来てたから、あとはお客さんの反応だけだっ
  たのよね。そう・・・よかった・・・

  後片付けは役者以外のクラブの人にお任せして私たちは部室に控えるようにと
  の部長からのお達し。早く落ち着いたところで、ゆっくりしたいな。

  部室に向かって歩いているときのこと。武雄くんと女の娘が廊下越しにぶつか
  ってしまいました。

  「Oh!Sorry. ごめんなさい」

  え?日本人・・・よね?

  「あっ!」
  「(え?武雄くん、知り合い?)」

  武雄くんの袖を引っ張りながらそう尋ねますが・・・返事はなし。

  「You!あぁ、高城・・・君だったわね。お久しぶり」
  「(誰なのかしら、この娘)」
  「あ・・・っと」
  「So Bad. 忘れちゃったの?片桐彩子よ、夏休みに海岸で助けてもらった」
  「(え?海で助けてもらった・・・?誰が?武雄君が?)」
  「ああ、あの時の。学校で始めてだね。会ったのは」
  「そうね。そうそう。演劇見たわよ。Great!すばらしかったわ。あのシーサー
  の力強さと、クレオパトリの美しさに引かれていく様。惚れ惚れしちゃった」
  「あ、ありがとう・・・」
  「(誰なのよ!武雄君!)」
  「Sorry.ごめんなさい。私も美術部の片づけがあるからそろそろ失礼するわ」
  「あ、ああ、また」
  「Bye!」

  Bye!じゃないわ。どういうこと?ちゃんと説明してもらわないと。武雄君をに
  らみつけます。武雄君、なんだか困った顔つき。え?もしかして、それって・
  ・・

  「ごめん。実は・・・」

  何かあったのかしら。ちゃんと説明してくれればわたしも納得すると思うんだ
  けど・・・と、その時。

  「せーんぱぁーい」

  その声は・・・

  「高城先輩っ。劇みました!なんか感動しました。すっごくよかったです」
  「そ、そう・・・ははは・・・」
  「あ、そうそう。またデートしましょう。電話しますね。それじゃっ」

  いうが早いか風のように走りさって行きました。相変わらず行動の読めない子
  ですね。・・・って?『デートしましょう』?『電話しますね』?どういうこ
  となの?

  武雄君の顔を見ます。あっちゃー、って顔してるけど、許さないんだから。ち
  ゃんと説明させるまでは許さない。