<2nd_GRADE 第2章:May(4)> Takeo's EYE 『これからのこと』 ・・・。余りの突然の出来事。ものの5分もない会話。しかし、その中にはと んでもない毒が含まれている・・・ように思える。いささか詩的かもしれない が直感的に感じている。アレがウワサの朝日奈夕子か・・・前にもそういえば 一度会ってる気がするな。ああKNM交響楽団が来た時だ。あの時も彼女は俺 たちの前に現れた。その時もニヤニヤしていたけど・・・大丈夫だろうか。い や、ダメだろうなぁ。この辺で2人の秘密もおしまいか。どうする?武雄。 どうする?どうするってなにを?バレたからなんなんだ?何を困ることがある? 別にもともと幼なじみ、付き合うことになったとしたってなんにも違和感はな いじゃないか。何を焦っているんだ?俺は。 ・・・わからない。ここまま行くとなんだかすごいことになりそうな気がして ならない。先の5分の会話のあとで、そんな気持ちにさせられた。 朝日奈夕子、天下の情報通。そして流行通。彼女にかかると流行は流行遅れに なる、そんな娘らしい。詳しくは知らないが、詩織の情報によるとそんなとこ ろだそうだ。あ、それと天下の遅刻魔らしい。週のうち3,4回は平気で遅刻 をする。すごいよな。ある種の才能だよ、そうなると。 そんな奴にバレちゃったんだから・・・大変だよな・・・ホント。人事じゃな いって。 「た、武雄君?」 おどろおどろしい声で詩織が呼びかけている。あ、深く考えごとしすぎちゃっ たみたいだな。 「ん?なに?」 「い、いや。別になんでもないんだけど・・・ごめんね」 「なにが?」 「え?あ、朝日奈さんにみられちゃったし・・・せっかくのデートだったのに、 ほら、台無しになっちゃったし・・・」 半ば呆れ顔の俺。まぁ詩織が申し訳なさそうにする理由もわかるから、笑い飛 ばすわけにもいかないか。 「バレちゃったもんはしょうがないよ。これから何とかするしかないんじゃな いのか?なんとかなるだろ、きっと」 精一杯のいたわりのつもりで答えた。 「う、うん。わかった。ごめんね、武雄君」 詩織は半泣き状態。たかだかバレだたけじゃないか・・・ 「わかったから、ほら。もう少ししたらショーが始まるぞ。バレたって別にい いって。やましいことしてるわけじゃないんだからさ。な?」 「う、うん・・・」 ほら、始まるぞ。おねーさんが出てきた。 ショーが始まる。イルカのショーなんか見るのは久しぶりだろうか。うんと小 さい時に父親に連れられて海岸そばの水族館で見たとき以来だ。その時にはふ ぅん、って感じであまり感動もなかったのだが・・・というか小さすぎたのか も知れないな。なにせ2,3歳だったから。 今見るとアホくさい、と思う・・・が、これがまた思った以上に面白い。イル カの知能は人間並み、あるいはそれ以上なんて言われているが結構当たってい るのかもしれないな。まぁウラがあるのかもしれないけど。猿回しなどの芸で サルが計算できるのはアタマがいいからではなくタネがあるからだ、と聞いた ことがある。それと一緒かもしれない。 ・・・が、それにしても豪快だなぁ。バシャンバシャンと水しぶきを上げる。 最前列にいた俺らは結構濡れてしまっている。まぁちょっと放って置けば乾く ようなレベルけど。もしやイルカが手加減しているのかも? などと考えながらショーを見ていた。ちらっと横目で見ると、詩織は・・・ぼ うっとしていた。ステージ正面を見てはいたのだが、考え事をしているようだ。 まぁ俺と似たようなものか。 多分、さっきのことの続きを考えているのだろう。これから学校中にバレるの はアノ朝日奈夕子のことだから避けられないだろう。そのときどう対処すべき か、必死になって考えているんだと思う。 その気持ちはわからないでもないけど、そこまで考えてもなにも始まらないっ てこと、教えてやらないとな。なるようにしかならないから、こんなこと。そ れに学校中に広まるかどうかなんて分からないしな。 あ、ショーが終ったみたいだ。俺も、なんだかんだで考え事しつづけたみたい だな.これじゃぁ、詩織と一緒だ。ま、なんとかなるだろう。 改めて詩織の方へ向き直る。 「さて、どうしようか、これから。まだ水族館見てまわる?」 「え?う〜ん、もういいよ。おじ様のところへご挨拶に行かなきゃだめじゃな い」 あ、すっかり忘れてた。そうだ、チケットは元を正せばマスターなんだっけ。 ・・・ってことは・・・マスターがチケットを渡さなければこんなことにはな らなかったってことか。ちょっと腹立たしく思ったが、そんなことは筋違いだ。 すぐに矛を収める。 「そうだな、『ときめ後』にでも行って」お茶でものみながらゆっくりするか。 「うん。そうしましょう」 家路に向かう途中に『ときめ後』はある。 カラン、コロン、カラン、コロン 「いらっしゃい・・・お、武雄か」 「おっす、マスター」 「当然のごとく隣には詩織ちゃんがいるわけだね。甥っ子」 「・・・」 「なんだよ、なにかいけないことでも言ったか?」 そんなことはないけど・・・ 「チケット、ありがとうございました。叔父様。とっても楽しかったです」 詩織は俺が言うよりも早くマスターに声をかけた。詩織らしいな。折り目正し いというかなんというか。 「そうかそうか。どうだった?イルカ。たぶんスーツ姿のオヤジたちのほうが 目立ってたんじゃないのか?」 平気で言うマスター。 「分かってたんだったら教えてくれたっていいじゃないか。すごく焦ったんだ から」 「なにをそんなに焦るんだ?別に悪いことしてるわけでもないのに」 「そ、そりゃぁそうだけどさ」 「あんなかしこまった雰囲気だとは思わなかったんだよ」 詩織が仲裁に入る。といってもケンカしてるわけでもないけどな。 「でも楽しかったよ。確かにスーツ姿の人は多かったけどね」 マスターも満足気味らしい。まぁ俺が「楽しかった」って言うよりは詩織が言 ったほうが嬉しいだろうしな。 「まぁ楽しんできてくれたみたいで俺もよかったよ。とりあえず立ち話もなん だから、すわりなよ」 カウンターに二つ席を用意してくれた。カウンターの中央、そこはマスターの ホームポジション。いつもそこにたっている。 「ここからだと外も見られるし店内が全部見渡せるからね」 確かにもっともな理由だな。 今日はゴールデンウィーク中ということもあって客がほとんどいない。まぁこ の店は平日の昼間に儲けてるんだから別にいいのか。 「ところでお二人さん」 「・・・」 「・・・」 改まったように俺と詩織に話しかけるマスター・・・まさか・・・ 「腹は減ってないかね?」 ほら来た。いつもの攻撃だ。どうする?詩織? 「あ、ちょっとすいてます。なんか食べようかなと思ったところなんです」 「(あ、あっちゃぁー。言ってしまったか)」 マスターは嬉しそうな笑みを俺にではなく詩織に向かって投げかけた。もうど うなっても知らんぞ。好きにしてくれ。 「この日のために夜も寝ないで考えたものがあるんだ」 マスターがそう言う時は考え過ぎでロクなものができないのは俺が一番よく知 っている。ちょこちょこと適当に作ったもののほうがうまかったりするのだ。 「今回は考えに考え抜いたけど、シンプルなんだよ。至ってね」 というと片目をつぶって見せる。よほどの自信作なのか、空っぽの自信なのか。 はっきり言って恐い。こういうときが一番怖い。前回はたまたまあたりだった けど今回もあたりとは限らないからなぁ。 数分ののち、マスターが俺たちの前に皿を置く。トースト?そう、見た目はほ んのり焼いたサンドイッチって感じ。男なら一口、女でもふたくちみくちで食 べられる大きさに切ってある。サンドの中身は・・・ 「おっと、中身を見る前に食べてくれ。正解はそれからだ」 俺の魂胆を見透かされたのか、先に言われてしまった。かろうじて見えるのは レタスのみ。なかになにが入ってるんだろう。 「大丈夫、変なもんは入っていないよ。安心して食べてくれ」 仕方ない。食べるか・・・パクッ。 ・・・・・・ん?このネバネバ感、これは・・・と思い隣を見るとしおりもこ ちらを向いている。そしてマスターのほうを向く。マスター、笑って一言。 「正解」 とだけ。 「た、確かにまずいわけじゃないけど、どうしてサンドイッチに『納豆』をい れる必要があるんだよ!」 思わず声を張り上げてしまった。 「自信作だったんだけどなぁ・・・だめか?」 「いや、だめじゃないけど、女子高生とかが来る店で納豆出してどうするんだ よ。頼む人がいるとも思えないんだけど・・・」 マスターは反論する。 「納豆は体にいいんだぞ。女子高生だって納豆は食べるだろうに」 「そりゃぁ、そうだけど・・・匂いがあるじゃないか」 「そうなんだ、そこは考えたけど、とりあえず無臭納豆を使ってみることにし たんだよ。だからほとんどにおわなかっただろ?」 あ、そう言われて見ると全然におわなかった。と考えて見ると・・・ 「だ、だったら最初から納豆なんか使わなくてもいいんじゃないのか?」 「どうして?ヘルシー料理じゃないか。絶対ウケるって」 ああ、ヘルシーか・・・確かにウケるかもしれないなぁ。 「ものめずらしさに頼んだ人が次もまた頼んでくれるといいですね、叔父様」 うんうん、とうなづきながらこちらを見るマスター。ほら、君の恋人はわたし の料理を認めて下さっているぞ、とでも言いたそうな顔つき。 「・・・なにも中身を隠さなくてもいいのに・・・納豆なら納豆だって言って くれればいいじゃないか・・・」 負けを認めたようにブツブツ口調になる俺。 「ああ、悪かったよ。でもその方がインパクトがあると思ってさ」 かくして「納豆サンド」が誕生したわけだが、最初の数週間はものめずらしさ から注文する人もいたが、1ヵ月もするとメニューから消えてしまった。その 理由を俺は知っている。 マスターは納豆嫌いなのだ。