<2nd_GRADE 第11章:February(1)> Takeo's EYE 『St.Valentine's Kiss』

  2月14日。学校は戦場になる。まるで暴動が起きたかのようにざわめく。去
  年そうだったので男どもは気にしない。

  誰がこんな制度作ったんだろうな・・・ったく。

  ブツブツいいながら廊下の窓の外から下を覗く。校庭にトラックが1台乗り付
  けている。無論、工事のためではない。そのトラックに向かって、賽銭のごと
  く投げ入れられているもの・・・そう。チョコレート。

  学校中の女の子がこぞってそのトラックに投げ入れているのだ。すでに80%
  は埋まっている。そんなにこの学校に生徒っていたのか?と思わせるほどだ。
  まあ、一人で複数投げ入れている子もいるだろうし・・・ってよくよく見てみ
  るとどう考えてもきらめき高校の制服じゃない女の子もいるようだ。他の学校
  の子もチェックしてるのか。おそるべし、伊集院。

  「やぁ」

  ん?妙に抑揚の高い声。俺に向かってそんな口の利き方をするやつは一人しか
  いない。

  「何の用だ?伊集院」

  廊下をこちらに向かって歩いてくる。大方話の内容は分かっているつもりだ。

  「調子はどうだい?君は学校でも有名人だから結構もらっているんじゃないか
  な?」

  はっ、誰が有名人なんだ。おまえが有名人だって言って欲しいのか?

  「ああ、有名人だからといって人気があるわけではないからねぇ」
  「・・・」
  「で?どれくらいもらっているんだい?僕も君ほどじゃないけど、もらってい
  るよ」

  君ほどじゃない・・・ねぇ。言ってくれるよ、コイツは。

  「ま、もらったからといって人気があるとは限らないしな。せいぜい食べ過ぎ
  ないようにするんだな。鼻血出したらカッコわるいからな」
  「ふん。もしチョコレートが食べたくなったら遠慮なく言ってくれ。ささやか
  だけど、僕の分を分けてあげよう」

  そういうと颯爽と去っていった。相変わらずイヤミな奴だ。

  ・・・といいながらも、実際のところまだ1個ももらっていない。詩織くらい
  は、と思っているのだが・・・ちょっと不安だ。

             ☆              ☆              ☆              ☆

  「せんぱーい」

  昼休み、屋上で昼寝をしていると、聞いた声が。

  「はぁはぁ、こんなところにいたんですかぁ?はいっ。チョコレートです」
  「え?俺にくれるの?」
  「もちろんじゃないですかぁ。でも他のチョコレートはもらってもいいけど食
  べないでくださいね」
  「え?あ、ああ・・・」
  「それじゃぁ、優美、クラブがあるんで、行くね」

  なんだ、ちゃんとくれる人、いるじゃないか。なんとなくホッと胸をなで下ろ
  す。


  「あら、こんなところにいたのね」
  「ん?」

  また昼寝の邪魔が入った。誰だろう。そっと目を開けると・・・白衣を着た女
  の子が。あ・・・

  「どう?そろそろ私の野望に付き合う気になって?」
  「だから、そんな宗教まがいの勧誘は止めてくれないか?」
  「まったく・・・私の崇高な志が理解できないとは。まぁいいわ。とりあえず
  このチョコレートを食べて出た症状をレポートにして提出してちょうだい。期
  限は1週間以内。いいわね?」
  「あ、ああ・・・」
  「それじゃ」

  ・・・っておい!ああ、なんて言っちゃったけど、『症状』って何だよ。なん
  かすごいものが入ってるんじゃないのか?紐緒さん。

             ☆              ☆              ☆              ☆

  「キャッ!」

  帰りがけ。教室を出ようと思ったその時。人にぶつかってしまった。

  「だ、大丈夫?」

  廊下に転んでいる子を見ると・・・げ。朝日奈じゃないか。

  「おい、大丈夫かよ」
  「『大丈夫かよ』じゃないわよ。あたしの顔見たとたんに口調が変わっちゃっ
  てさぁ。ヤなカンジ〜」
  「あ、わるいわるい。悪気はないんだ」
  「ったく、今回は勘弁してあげるわ。ほら、コレ」
  「ほう。俺になんかくれるのか?」

  転んだ朝日奈を起こしてやるとなんか小さいものを手渡された。

  「これって・・・10円のチロチロチョコってやつじゃ?」
  「え?何いってるのよ!今はチロチロチョコは20円なんだからねっ!ってそ
  ういう問題じゃなくて。気にしない気にしない。気持ちが問題でしょ?どーせ
  詩織から特製チョコもらえるんだし。それに超ビンボーなんだ」
  「はぁ、まぁ気持ちだけでももらっておくよ」
  「お返しなんかいらないからね。あっ、今日は映画の日なんだ〜。急がなきゃ。
  じゃね」

  言うが早いか飛ぶように去っていく。さすが、としか言いようがない。お返し
  か・・・10円キャンディかなにかを返せばいいのかな、こういう場合。

             ☆              ☆              ☆              ☆

  昇降口。あれ?あそこにいるのは・・・如月さん?

  「どうしたの?如月さん。誰か待ってるの?」
  「え?ええ。高城さんを」
  「お、俺?どうしたの?」

  なんか言い出しにくそうな雰囲気。如月さんも・・・くれるのかなぁ・・・

  「あ、あの・・・これ。受け取ってください」

  明らかに手作りとわかる包装。俺に?

  「え、あ、ありがとう」
  「初めて作ってみたので、お口に合うかどうかわからないのですが・・・」
  「あ、うん。ありがとう。口のほうをあわせることにするから」
  「ふふっ、ありがとうございます。そ、それじゃぁ」

  なんか、あわてふためいてたな。俺に渡すためだけにずっとここで待っててく
  れたのだろうか?体弱いのに・・・

             ☆              ☆              ☆              ☆

  なんか、4人もくれたんだけど・・・といってもそのうち1人は得体が知れな
  いけど。なんかこんなにもらったの小学校以来かもしれない。義理チョコだと
  してもやっぱり嬉しいものは嬉しいよな。

  ふぅ。うちに着いた。・・・!?門の前に誰かいる。・・・詩織。

  「遅いぞ。ずっと待ってたのに・・・」
  「そう言われても・・・ゴメン。帰ってくるころを見計らって電話でもしてく
  れればいいのに・・・」
  「だって、驚かせたかったから・・・これ。作ったの。食べてくれる?」

  透明プラスティックのケースに入っているのは・・・チョコレートケーキ?

  「あ、ああ。もちろん。食べるよ。ありがとう。あれ、ケーキなんだね?コレ。
  なんかすごい手がこんでるんだな。心して・・・」
  「そ、それじゃぁ、また」
  「え?あ、お、おい・・・あぁ・・・行っちゃったよ」

  なんかそそくさと隣の自宅に戻っていってしまった。

             ☆              ☆              ☆              ☆

  結局5人からチョコレートをもらうことが出来た。伊集院と比べれば全然比較
  にならないけど・・・詩織からはなんてったってケーキだし。5個ももらって
  全部食べられるかなぁ。

  トゥルルルル・・・

  あ、電話だ。

  「はい、高城です」
  「あ、早乙女ですが、武雄君いますか?」
  「おお、俺。どうしたんだ?お前からかけてくるなんて」
  「・・・」

  黙り込んでいる好雄だったが、ちょっとすると猛烈な勢いで泣き始めた。

  「俺、1個ももらえなかったんだ。せめて優美くらいはくれると思ってたのに」
  「そっか・・・」

  さすがにお前の妹からもらった、などとは口が裂けても言えない。

  「お、お前・・・何個もらった?」
  「え?」
  「隠すな。何個もらったんだよ!」

  やけに絡んでくるなぁ・・・よほどショックだったんだろうな。

  「俺も・・・母親からだけだよ。1個だってば」
  「・・・そっか・・・俺達、仲間だよな?そうだよな?そうだと言ってくれ!」

  ・・・引くに引けないこの状況・・・

  「そ、そうだな。仲間だよ」
  「ああ、持つべき物は仲間だよな!よかった・・・仲間がいて。じゃぁまたな」

  そういうと速攻で切りやがった。ま、仕方ないか。

  こうして、魔の1日が終わった。優美ちゃん、好雄にバラさないだろうなぁ。