<2nd_GRADE 第10章:January(2)> Shiori's EYE 『Where do I go?』

  「で、なんで喫茶店なんですか?マスター」

  わたしは聞いてしまった。興味があったから、だけど。でもそれはマスターに
  たいして失礼なのではないか、という気がしていた・・・

  「俺も、最初は大学を卒業してサラリーマンになった。でも、耐えられなかっ
  た。毎日が単調で、つまらなくて。満員電車に揺られて汗をかきながら会社に
  行って。仕事をして満員電車に揺られて家に戻る。そんな生活に耐えられなか
  ったのさ。そして、両親とも死んで・・・さらに・・・を失って一人になった
  俺は、こんな苦痛から逃れることにしたのさ。両親が死ぬまで俺は『親の手前』
  ってのを守り続けてたってことだな。最後までいい子ちゃんでいたかったんだ
  ろうな。これでも小心者だからさ。ああ、もちろん、両親が死んでうれしいは
  ずはないぞ。それとこれとは別問題だ」

  マスター、すべてを失ってしまったんだ・・・わたしが中学生のときの台風の
  夜の話・・・マスターの恋人・・・最愛の人を失って始めて自分を取り戻した
  のかしら。だとしたら、それは良いことなのか、悪いことなのか・・・

  「そんなこんなでこんなチンケな喫茶店を始めたのさ。幸い両親の残してくれ
  た財産がそれなりにあったおかげもあるから、感謝してるけどな」

  マスター、実はすごく寂しがりやなのかも。すべてを失ったからひっそりを喫
  茶店を始めたんじゃなくて、いろんな人を見たいから始めたんじゃないかしら。
  いろいろなお客さんがきて、いろいろな話をして帰っていく。そんな毎日が欲
  しくて・・・考え過ぎよね。

  「まぁ、俺も武雄も、詩織ちゃんもまだ人生の1/3も終わってないんだから
  そんなに急いだって始まらないから。ゆっくりやればいいんだよ。失敗したっ
  て、まだいくらでも挽回できるんだからさ。な?」

  そういうと、自分の髪を掻き回しながら、

  「なーんて、柄にもないこと言ってるよな。ま、年寄りのたわ言だと思って流
  してくれ。じゃぁ」

  そう言って武雄君の肩をたたくとマスターはカウンターへ戻っていってしまっ
  た。

  「でもなぁ・・・」
  「どうしたの?武雄君」
  「確かにマスターの話は分かるけど・・・3学期の進路面談で『まだ決まって
  ません』とは言えないもんな」
  「ふふっ、それもそうね」
  「はぁ・・・考え直しか・・・」

  でも、受験するにしたってあと1年はあるんだから、とりあえずは大学にいく
  つもりって答えればいいんじゃないの?と言ってあげると、

  「まぁ、それもそうだな。そんなに急いで答えを出しても仕方ないもんな」

  武雄君、いつもの表情に戻ったみたい。よかった・・・

             ☆              ☆              ☆              ☆

  夜、自分のベッドの上で考え事。もちろん、議題は今日起きたこと。叔父様の
  お話、なんかすごい話だったな。武雄君は知っているのかしら。叔父様の恋人
  の話。で、叔父様は今はどうなのかしら?自分の選択に満足しているのかしら?
  それとも喫茶店を始めたことに後悔しているのかしら?

  後悔してるはずはないわね、きっと。後悔してたらさっさとお店をたたんで別
  なことを始めるでしょうね、叔父様なら。

  でも・・・あのままずっと待っているのかしら・・・恋人を。