<2nd_GRADE 第10章:January(1)> Takeo's EYE 『Who am I?』 元旦。詩織と初詣に行ってきた。詩織はきれいな着物を着てきた。俺はいつも どおりジーパン。だからなんか悪い気がして。って、こないだもこんなシチュ エーションがあったなぁ。縁日のときだったかな。 ☆ ☆ ☆ ☆ 早いものでもう1月。もう高校生活の半分以上が終わってしまった。もうすぐ 3年生。そうしたら・・・俺はどうしよう。進路相談もある。 俺の進路・・・そんなのもを考えなくてはならない時期にきてしまったのだろ うか。こないだ入学したばかりなのに、もう次の進路を決めなくてはならない。 と、愚痴を言っていても始まらないな。 机の前に座って考え始める。これでも思ったより机に向かうほうなのだ。考え 事をするときは、よく机に向かう。 大学?それとも就職? 選択肢なんか所詮はそれしかない。女の子なら「家事手伝い」なんていうふざ けた職業もあるようだけど・・・あ、最近ではフリーターなんてのも一種の職 業として認められつつあるみたいだけど・・・どっちにしても俺は認めない。 何事にも自由でありつづけることだけが自由であること、ではないと思う。フ リーターになって、「俺は自由に生きる」「好きな仕事をする」なんてのは俺 から見ればカッコ悪い。人にはそれぞれの事情があるだろうからフリーターに なること自体は否定はしない。でも、それがイコール自由であるかのように振 る舞うのはどうだろう。 おっと、話がそれてしまったようだ。 俺自身の進路。とりあえず学校でもそれなりの成績を修めてきているので、大 学にいくことはさほど難しいことじゃない。問題は「俺自身が大学にいく気が あるのか」ということだ。今現在、正直なところ、どっちでもいい。というよ りは考えたことがない。クラブ活動に忙しかったりで、そんなこと考えていな かった。でも、来年は3年。もう1年で卒業してしまう・・・ とりあえずは大学にいこうと思う。けど・・・大学にいって何をするのかが問 題だ。大学は学問を修めにいく場所だ。だから、遊びにいくなら行かなくても いいと思う。それでも最近の人たちは大学に入ったら遊んでるらしいけど。 俺は今のところ、学問をこれ以上やろうとか、そんなつもりはない。だから、 困ってるんだけど・・・ そうだ。詩織はどうなんだろう。考えたのかな?電話してみよう。 「はい」 「あ、詩織。武雄だけど」 「え?武雄君?さっきはお疲れさま。で、どうしたの?」 「うん、ちょっと話したいことがあるんだ・・・」 「え・・・」 不安そうな声を出す詩織。あ、なんか変な心配かけてるな。 「ごめん、たいした話じゃないんだ。進路のこと」 「あ、そうだったんだ。なぁんだ」 「『なぁんだ』じゃないよ。これでも悩んでるんだから」 「そ、そうよね・・・ごめんなさい」 「だから、『ときめ後』にでもお茶がてらどう?さっき会ったばかりだけど」 「うん、全然いいよ」 「じゃぁ、先に行ってるから」 ☆ ☆ ☆ ☆ 元旦近辺でも「ときめ後」はオープンしている。冬休みなきらめき高校の生徒 もくるはずもなく、奥様連中も正月ということで忙しいので、来ない。でも、 なぜか開いているのが「ときめ後」なのだ。 カラン、コロン、カラン、コロン 「お、武雄か。正月早々どうした?」 「あけましておめでとうございます。マスター」 「あ、そういうことか。ダメダメ。これでも経営は苦しいんだよ」 「はい?」 「え?お年玉の話じゃないのか?」 なに言ってるんだか。これでもお客として結構経営に貢献してるつもりなんだ けどなぁ・・・ 「あっははは、悪い悪い。てっきりお年玉かと思った。いらっしゃいませ。何 になさいますか?」 「・・・」 「冗談だよ。で、どうしたんだ?正月早々」 進路相談を詩織とする話をする。 「へぇ、武雄もそんな歳か。俺も高3のころはそんな感じだったよ。なんかと りあえず大学に行くしかない、って感じで」 ふぅん、マスターのことだから、ちゃんとやりたいことがあって大学に行った のかと思ってた・・・ 「そんなことないって。無理して考えて大学に行っても幻滅するだけだよ。大 学なんていったって、最高学府という割にはいいかげんにできてるのさ。所詮 は学校。サービス業だよ」 といって、笑ってる。そんなものかなぁ・・・ カラン、コロン、カラン、コロン 「あ、詩織ちゃん。いらっしゃい」 「叔父様、あけましておめでとうございます」 「まま、堅苦しい挨拶は抜きにして。ゆっくりしてってくれよ。どうせ客なん かこないだろうからね。あ、俺はお邪魔かなぁ?席はいくらでもあるからお好 きなところに座って、お好きなように。飲み物は何がいい?」 ったく、変なところで気が回るというか回らないというか・・・アップルティ ーとウィンナコーヒーを頼んで、カウンターからちょっと離れた席に腰掛ける。 今更マスターに聞かれて困る話をするわけでもないけど・・・ 「詩織は、進路って決めてるの?」 俺は何気なく切り出した。 「うん、とりあえずだけど・・・」 「へぇ、やっぱりもう決めてるんだ。で?やっぱり大学に行くの?」 「うん・・・」 T大学だそうだ。T大学といえば1流も1流。超一流じゃないか。 「だって、そこしかないんだもの。私のやりたいことができる学校って」 やりたいことがあって、それができる学校を探す・・・か。それが普通の進路 を決める方法なんだろうなぁ・・・。 「武雄君は?もう決めたの?3学期始まるときに進路相談やるんだよね?」 「そうなんだよ・・・でも、まだ決めてない」 「そっか・・・だからこうやって話してるんだものね」 「武雄君は、何になりたいの?」 「えっ?」 ☆ ☆ ☆ ☆ 正直当たり前ながらショックだった。自分が何になりたいのか、そんなことは 考えたことはない。というより、今の生活で精一杯だ。とても10年後、20 年後の自分を想像していることなどできない。平凡にサラリーマンができれば それでいい、といった程度の想像はしているが・・・ 「そっか、じゃぁ進路も決めにくいよね、確かに」 詩織は同情してくれたのか、フォローを入れてくれる。こういった時に詩織の やさしさというか心遣いが身にしみる。 「なんだ?将来設計か?子供は何人作るんだ?」 はぁ?ふと後ろを見るとマスターが立っていた。ニヤニヤしながら。 「何言ってるんだか?進路相談の話に決まってるじゃないか」 「でも、詩織ちゃんは真に受けてるみたいだけど?」 目の前には顔を真っ赤にして詩織がうつむいていた。 「あんまり突拍子もないこと言わないでくれよ。詩織も俺も慣れてないんだか ら・・・」 「そのうち慣れるさ」 笑いながらマスター。懲りてないよなぁ・・・ 「進路相談か・・・」 上を向いて考え事をするマスター。 「俺も、昔は大学なんか行く気がなかったんだよな。というよりはやりたいこ とがあったから」 マスターの過去。というか叔父の過去。初めて聞いたかもしれない・・・ 半分エリートコースを進んで、高校も地元では有名な高校に入学して。勉強も そこそこやって。でも、大学に行きたくはなかった、と。専門学校に行きたか ったらしいんだけど、両親に猛反対されたらしい。いや、反対されたわけじゃ ないけど、無言のプレッシャーがあったみたいだ。 「そりゃそうだろうな。俺の両親としてはそれなりに塾にも行かせて金かけて るワケだし。専門学校行かせるなら塾なんか行かせる必要はなかったんだから なぁ」 「で、でも、自分の人生じゃないですか。どうして好きなことやらなかったん ですか?」 詩織の言葉に下を向いてため息を吐いたマスター。 「負けたんだよ。両親のプレッシャーに」 「・・・」 「・・・」 俺と詩織はマスターの話に耳を傾けている。お客もいないのでマスターも暇を もてあそんでるようだ。 「俺も最初は自分の人生だし、好き勝手やっていいものだと思ってたよ。でも、 やっぱり存在するんだよな『親の手前』ってのがさ。今まで育ててくれてきた 両親を裏切る結果になるわけだろ?専門学校に行くってことは。それは俺には 出来なかったんだよ。親の敷いたレールの上を歩くのが精一杯だったわけさ。 だから、大学に行った。それだけのことさ。弱いといえば弱い人間なのかもし れないなぁ、俺も」 年長者の言葉はやはり身にしみる。 「でも大学に行ってもやりたいことなんか見つからなかった。ただ、無為に時 間をすごしているだけだったんだ。今となっては後悔してるけどね。もっと何 かやることがあったんじゃないか、って思う」 マスターはちょっと考えて、 「いや、一つだけ得たものはあったか・・・いまではそれも失ってしまったけ れども・・・。とにかく、自分のやりたいことを見つけるために大学に行くの は間違ってることじゃない。勉強しに行くだけが学校じゃないからな。世の大 人たちは『そんなことは高校までに済ませておけ』というかもしれないが、そ んなことはない。大学でだって人間性を学ぶことも出来る。高校までに済ませ ておく必要なんてないんだ。まぁ最低でもどんな学問を学んでみたいかくらい は考えておいたほうが身のためだぞ。受験も大変だからなぁ」