<第9-11章:December(11)> Takeo's EYE ふぅ・・・ベッドに横になる。なんだか疲れたな・・・伊集院のパーティーに 出たのだが、それより大きな出来事があったからあんまりパーティーの後、と いう気がしないな。 おっと、まだ帰ってきたばっかりだったっけ。風呂にでも入ってくるか。 俺は1日のおさらいとして風呂の中でいろいろと考え事をすることが多い。だ から結構長風呂になる。風呂からあがって逆に疲れてることも多い。掛け湯を して湯船につかる。 ふぅ・・・ なんか、ため息が多いな。今年ももうすぐ終わるのか。来年はどうなるんだろ う。・・・おっとその前に今日の復習だ。伊集院のパーティーはまぁ、楽しか ったな。ただで飲み食いして・・・如月さんとも話が出来たしな。伊集院家の 家計にダメージを与えられたのは大きいな、ってなに馬鹿なこと考えてるんだ、 俺は。問題はその後だろうに。 さて、だ。・・・詩織・・・かぁ。 俺はブクブクと湯船の中に顔をつけた。ぷはっ。どうしちゃったんだろうな、 詩織の奴は。といいかげん分からない振りをしても始まらないな。俺も本気で 考える時が来たってことだろうか。とりあえず風呂から上がるか。 きれいさっぱりになったところで、俺はコーラを片手に2階へあがる。俺の部 屋は2階の突き当たり。突き当たりといっても部屋は2つしかないが。部屋は 至って普通だと思ってる。学習机(一応勉強もしてる)とミニコンポ。電話。 大きな窓の前には隣の家が見える。詩織のうちだ。俺が幼稚園に入るくらいだ ったかに両親が家を建て直した。それからずっと俺はこの部屋で生活している。 ばふっ。ベッドに横になる。疲れたのかな。睡魔が襲ってくる。いや、だめだ。 もう少し今日のことをまとめてからでないと眠れないんだ。 実は俺以外でこの部屋に一番入ったことのある人間は詩織かもしれない。両親 は俺が中学に入ったころから出張が多くなりうちにいる時が非常に少ない。だ からどちらかというと一人暮らしといっても過言ではないかもしれない。ま、 そんなことないか。一番多いのは母さんだろうな。詩織はその次かな。 そんなことはどうでもいいや。今日の復習をしないと。 詩織はむかしから俺になついていた。それはいくら鈍感な俺でも気づいていた。 何を言っても詩織は俺の言うことを素直に聞いてくれた。いつからなんだろう な。いままで毎日のように遊んでいたのに、さっぱりと遊ばなくなってしまっ て。顔を合わせることもなくなって・・・中学に入ったころからだろうか。お 互い顔を合わせても話し掛けることもなく挨拶もしなくなっていた。詩織のこ とを気にかけなくなっていたのだろうか。でも詩織のことを俺は好きだった。 かわいくて。妹みたいで。それでいて自分の意見はしっかりしていて。そんな 詩織が俺は好きだった。中学に入ってからはまったく接触もなかったが、詩織 の人気はたいした物だった。いまでこそきらめき高校のアイドルとかいわれて いるが中学の時もそうだったのだ。詩織と会わなくなって、いつの間にか届か ない場所にいってしまった、詩織。俺みたいな普通の人間とは話してくれない のかと思った時期もある。 俺がきらめき高校を受験するといったら中学の先生も両親も驚いたっけ。そり ゃそうだよな。きらめき高校といえば名門とは言わないまでも有名校だ。俺み たいな奴は合格するかどうか分からなかったもんな。でも俺は目指した。俺も 詩織のことが好きだったからだ。でも・・・受験の日・・・ 俺は気合いを入れてきらめき高校に向かった。きらめき高校を受験すると決め たその日からというもの、俺は自分が自分でないと思うほど勉強した。周りに は気づかれないように。俺がきらめき高校を受験するなんて知ったら絶対に止 められるからな。学校では出来ない振りをして、夜、勉強した。自分でも「や ればできるんじゃないか」というのを実感した気がする。そして受験日、やる だけやったのだから後は野となれ山となれという感覚で駅に向かう。そしてあ の出来事が・・・ 電車の終点に着きホームに降りる。時間的には余裕があったのでゆっくりある いていた。ふと隣を歩いている娘をみると足取りがおぼつかない。「どうした のかな」と思っていた矢先、ふらっ、とホームに倒れたのだ。「え!?」驚く 俺。そのまま無視して歩くことも可能だったがそんなことをする訳にも行かな い。そこまで非人情ではないから。俺はその場にしゃがんで彼女の頬をたたい てみる。「大丈夫ですか?」・・・返事がない。もしかしたら結構ヤバいのか もしれない。・・・仕方ない、駅の救護室まで連れて行くか。俺は、彼女のか ばんを手に彼女を抱え救護室に向かった。結構距離があるな。それにしてもこ の娘、大丈夫かな。そう思い、ふと彼女の顔を見る。顔が少し白い。多分貧血 か何かで気を失ってしまったのだろう。三編みをしてリボンで止めている。最 近の娘らしくなくスカートは膝丈そのまま。真面目な人みたいだ・・・ 「!」 なんといえばいいのだろうか。つまり、その・・・俺は彼女にひと目ぼれして しまったらしい。彼女は俺と同じくらい、あるいは高校生くらいだろうか。と にかく俺は恥ずかしくなってしまった。何でだろう。顔だけでなく耳まで真っ 赤になっている自分が容易に想像できるほど顔が火照っていた。 救護室に着き駅員さんに事情を話す。 「ああ、ご苦労様だったね」 「彼女大丈夫なんでしょうか?」 俺は他人事ながらやはり気になるので聞いてみた。 「うん、多分大丈夫だと思うよ。貧血で倒れられるお客さん多いからね」 「そ、そうなんですか・・・」 「それはそうと、君は時間は平気なの?見たところ学生さんのようだけど」 それを聞いてはっ、となる。 「あ、そうですね。今日は高校受験なんで早目に出たので・・・それにここか ら歩いて数分ですから」 「ほぅ、きらめき高校かい。そりゃ大変だね。頑張って。合格するといいね」 「え、は、はい。頑張ります」 「彼女のことは任せておいて行ったほうが良いんじゃないのかい?早目に着い ておいたほうが精神的にも楽だよ」 「え・・・そうですね。では後はよろしくお願いします」 そういうと俺は早歩きでその場を立ち去った。その場を立ち去るのは非常に辛 かった。もう2度と出会えないかもしれない娘なのに。もう少し、せめて名前 だけでも・・・と思ったが、受験に遅刻する訳にも行かない。これもまた運命 と割り切ってその場を離れたのだった・・・ しかし運命というのは恐ろしいものだ、と思う。2度と出会えないと思ってい た娘がこんなに近くに現れるとは誰が思ったであろうか。 ・・・彼女の名は如月未緒。きらめき高校1年、演劇部。要は俺と同じだ。 運動会で彼女を見た時、クサイけど運命を感じた。正直に言うと驚いたのだ。 彼女も同じ高校だったとは。見間違えるはずもない。紛れもなく彼女だ。そし て、また彼女は倒れてしまった。隣にいるのは・・・詩織?彼女は詩織の友達 だったのだ。なんだか複雑な人間関係だな、と思ったものだ。 これがすべて。 さて、俺はどうすればいいんだろうか。如月さんのことが好きだ。詩織のこと ももちろん好きだ。如月さんの「好き」と詩織に対する「好き」はちょっと違 う気もするが・・・詩織は俺に「『好き』って言って」と言っていた。詩織は 俺が如月さんのこと好きだと言うことを知っているのだろうな。女の娘ってそ ういうところ、敏感だからな。詩織はいまや学園のアイドル、そんな娘が俺を 好きでいてくれている、その気持ちを裏切って良いものだろうか。しかも昨日 今日で結論を出した訳でもないしな、詩織は。きっと数年の思いを溜めて溜め て吐き出したんだろう・・・って間違ってたらとんだ勘違い野郎だな、俺。 とにかく詩織のことは好きだし、約束もしたしな。15日は開けておかなけれ ば。 ・・・さて、寝るか。今日は疲れたよ。