<第9-10章:December(10)> Takeo's EYE 「恐がってちゃ、なにも出来ないよ。詩織はいつも妥当な道しか歩んでこなか ったからな。恐い道や、危険な道はいつも避けて通ってきたもんな」 ちょっと言い過ぎかもしれないが言ってやった。詩織にはこれくらい言ってや らないと言うことを聞かない。根は素直な娘なんだけど、結構頑固(というか 理性的で頭で理解していても実行に移せない)な面があるから、きついくらい が詩織には丁度いいってことは10数年の付き合いから理解している。もちろ んそれが詩織のためだとは思っていない。でも、少しでも詩織のためになれば と思ってやっているつもりだ。 「いつも武雄君はこういう時きびしいのね」 「仕方ないさ。詩織だって俺がこういう風に言うこと分かってたんだろ?」 「それがわたしのためだっていうの?」 今日はいつになくつっかかってくるな・・・ 「俺はそのつもりだけど。詩織はもっと積極的になったほうがいいと思うんだ よな。折角・・・」 「武雄君なんかに何が分かるのよ!」 え? 「武雄君なんかにわたしの気持ちが分かるの!?」 「わたしがどれだけ苦しんでいるのかわかっているの!?」 「わたし、どうすればいいのよ!?・・・教えて・・・教えてよ・・・」 そういうと詩織はその場にうずくまって泣いてしまった。時間も時間だって言 うのに、普通に泣いている。とにかく泣き止ませないと、まわりに迷惑がかか るな。 「詩織、とにかく泣き止んでくれ、俺も少し言いすぎたよ」 髪を振り乱して詩織がこちらを見る。詩織の目には大粒の涙が溜まっている。 詩織がこんなに泣いたのを見るのは久しぶりかもしれない。とにもかくにも詩 織を大人しくさせないとうちにも戻れないし、近所迷惑だと警察に通報された らコトだ。 俺は詩織の髪をそっとすきながら、頭を撫でてやる。 「俺が言いすぎたよ、詩織」 この場を抑えたいがために言ったわけではない。 「ごめん」 精一杯の気持ちを込めて、言った。詩織の頭を撫でてやりながら。 「・・・じゃぁ、ひとつだけわたしのお願い・・・聞いてくれる?」 なんだろう。お願いって。詩織が俺にお願いすることはめったに無い。が、お 願いされるとイヤとは言えないのが俺だ。それを詩織は知っている。知ってい るからこそ、無理難題は押し付けてこないが。 「いいぞ。その前に涙を拭いてからな」 手で、詩織の涙を拭き取ってやる。黙ってうつむく詩織。 いくら時間が足ったか分からないが・・・上を向いた時にはもう普段の詩織の 顔に戻っていた。 「『好き』って言って」 えっ? 「口先だけでなく本気で『好き』って。さっきみたいに『俺も少し言いすぎた よ』じゃなくてその後の『ごめん』って行った時くらい気持ちを込めて『好き』 って・・・それがわたしのお願い」 どうしてだ?詩織はどうかしちゃったんじゃないのか? 確かに無理なお願いとは言い切れないよな・・・しかも他ならぬ詩織のお願い だし・・・いや、それより何より詩織はどうして突然こんなこと言い出したん だ?・・・もちろんある程度までは自分でも予測していたかもしれない。当然 俺だって詩織のことが好きだからな。でもそれは今、詩織の言う『好き』と同 義なのだろうか。だとしたら答えは簡単かもしれない。だが、そうでなかった 場合は? 「ううん、いいのよ。無理なお願いだって言うのは分かってるの。だってあな たは・・・」 「俺も詩織のこと『好き』だぜ」 「!?」 驚いてこちらを見る詩織。 「でも、詩織の言っている『好き』って意味とは少し違っているかもしれない から・・・でもな、ずっと一緒に詩織と遊んだりしてきて、詩織のこと嫌いだ と思ったことなんか一度もないんだから」 「・・・うん・・・」 「今の時点ではこれしか言えない」 俺はきっぱりと言った。少なくとも今の詩織と冷静に話しをすることは不可能 だろうし、俺は詩織よりも(今現在での話だが)気になる娘はいる・・・詩織 はそのことを知っているようだし・・・ちょっと話しがややこしくなってきた かもしれないな。 「じゃぁ別の『お願い』聞いて」 「ん?」 「今度また2人で一緒に遊んで」 「遊んで?」 「一緒に買い物に行ったり、遊園地に行ったり、公園でおしゃべりしたり」 「ああ、分かった。だから機嫌直してくれよ」 顔を上げた詩織は普段の詩織の顔に戻っていた。 「うん・・・ごめんね、一杯心配掛けちゃったね」 「いや、詩織と俺の仲だしな」 「約束、忘れないでね」 「忘れやしないって。俺が約束忘れたことがあるか?」 「ないよ・・・武雄君やさしいもの」 「・・・じゃぁ・・・帰ろうか」 「・・・うん」 俺と詩織は公園を後にした。当然帰る方向は同じだ。う〜ん、どう話し掛け ればいいんだろうか。何といったら詩織は喜んでくれるのだろうか。詩織と は10数年の付き合いだが・・・わからない。 「いいの。そんなに気にしないで、武雄君」 「えっ?」 「だって、今、私のためにどうしようか一生懸命考えてくれていたでしょ?」 「え!あ、ああ・・・」 「ふふ、心配してくれてありがとう。大丈夫よ」 詩織には俺の気持ちが丸見えなのだろうか。悔しい気もするが、まぁ仕方な いさ。それだけ長く一緒にいるんだからな。 詩織のうちの前。その隣が俺のうち。 「・・・本当にごめんなさい、今日は。いろいろと迷惑かけちゃったね」 「詩織と俺の仲だしな、気にしなくてもいいって。ところで・・・」 「え?どうしたの?」 「さっき言ってた『遊ぶ』話なんだけど・・・いつにしようか」 詩織はうつむきかげんで考えながら 「1月15日の成人の日にしましょう」 「15日だな。休みだしちょうどいいよな。どこに行くんだ?」 「それは武雄君が決めていいよ・・・というか、決めて。武雄君の言うとこ ろに一緒についていくから」 「それはないだろ?一緒に遊ぶんだから。詩織も考えろよな」 「あ、そうよね。ごめんなさい」 「そうだなぁ・・・そういや、KNM交響楽団のコンサートがこの日ってあ るんじゃなかったか?」 「うん、来てるね。でも、武雄君クラッシックって好きだったっけ?」 「え?今回は特別だ。しかもたしか15日の公演は特別プログラムでメジャ ーな曲をいっぱいやってくれるってどっかの雑誌に書いてあったしね。用は クラッシック初心者向けってことだな。まさに俺向け」 「へぇ、そうなの。武雄君そんな情報よく知ってるのね」 たまたま雑誌を見たら載ってたんだよな。クラッシック音楽自体嫌いじゃな いが滅多なことがなければ聞かないし。こんな機会がなければ耳にすること もないだろうな。でも・・・ 「詩織はいいのか?俺みたいな初心者向けのメジャーな曲ばっかり聞かされ ても」 「ふふっ」 「な、なんだよ」 「そこが初心者なのよ、武雄君。いい曲は何度も聞かれてるからメジャーに なるの。だから、メジャーな曲は何度聞いてもいいものなのよ」 詩織の説明に妙に納得してしまった。確かにそうだよな。 「そうか、じゃ15日はそれで決定だな」 「うん。楽しみだね」 「待ち合わせ場所は?」 「ちょっと用事があるから開演時刻前にコンサートの会場でいい?」 「ああ、わかった」 「それじゃ、遅れないように来てね」 「ああ、もちろんだよ」 一瞬の間を置いて・・・ 「『・・』・・・おやすみ、武雄君」 そういうと詩織は玄関に向かっていってしまった。何といったのかは聞こえ なかったが、まぁ想像はつく。俺も帰るとするか。