<第7-2章:October(2)> Mio's EYE
   
  今日はきらめき高校の文化祭です。
  私と藤崎さん、そして高城さんの3人は本番前のしたくででんやわんやです。

  ああ、あと数分で始まってしまいます。緊張の糸が張り詰めているのが自分でも
  よく分かります。

  「手のひらに『人』って書いてそれを飲み込むと緊張が収まるって噂だけど、ぜ
  んぜん聞かないね」
  よかった、藤崎さんもやっぱり緊張しているんですね。
 「俺なんてさっきから100人くらい飲み込んでるのにさ、全然だよ」
 「ふふふ、武雄君はいざっていうときに弱いんですものね」

  藤崎さんと高城さんのおかげで緊張が少しほぐれたような気もしました。

  さぁ、開場です。
  お客さんの入りは・・・?
  舞台の袖からそっと覗きます。まあまあですね。
  今となってはお客さんの入りなんて関係ないんです。いかに自分が精一杯演技で
  きるか、それに尽きてしまいます。もちろんお客さんに喜んでいただけるのが一
  番なんですけどね。

  開演3分前・・・
  緊張はピークになっています。先輩達が役者達を励ましています。
  「なぁに、始まったら緊張なんてしてられないから、安心しろよ。すぐに自分の
  役にはまり込むからな。いつもの練習通りにやればいいのさ」
  そんなものなのでしょうか・・・

  会場のざわめきが静かになります。いよいよ開演です。
  「今日はお忙しい中演劇部の公演におこし頂きまことにありがとうございます」
  ブザーと共に幕が上がりました。

  私の役は中盤まで出番はありません。3人の中では藤崎さん、高城さん、私の順
  で登場します。

  あ、藤崎さんが舞台に上がりました。次は高城さん・・・いよいよわたしの番で
  す。

  すっと袖から出るとそこは一面真っ白な眩しい世界。自分がどこにいるのか分か
  らない感覚に陥ってしまいます。あ、演技をしなくては、最初のセリフは・・・

  そこからはあまり覚えていません。先輩のおっしゃるとおり、自分の役に没頭し
  ていたというのもありますが、実は私の役は最後に殺されてしまうんですが、そ
  の時安心したのか、また倒れてから気を失ってしまっていたのです。
  お恥ずかしい限りなんですけど・・・気がついたら保健室のベッドで寝ていまし
  た。

  「未緒ちゃん!未緒ちゃん!気がついた?よかった、心配したんだよ」
  藤崎さんが側で私のことを看ていてくれたようです。藤崎さんのそばには高城さ
  ん。2人とも役の格好そのままで保健室にいてくれたのですね。

  「すみませんでした、また私、倒れちゃったんですね」
  私は恥ずかしさを隠せませんでした。恥ずかしさというか申し訳なさというか、
  とにかく自分の不甲斐なさに腹が立っていました。

  「ううん、あたしだって、自分の役が終わった時にはめまいがしたよ。どっと疲
  れがでたみたいね」
  「俺もだよ。もうヘトヘトって感じだったからな」
  私はくすっと笑って目を閉じました。

  「私だけじゃなかったんですね、よかった」
  2人に聞こえるか聞こえないかの声でそうつぶやきました。

  「で、無事に終わったんですね?」
  確認すると、
  「うん、まあまあの反応だったわ。1年目であれだけできれば立派だって部長も
  いってたわ」
  「そうですか・・・それはよかった」
  もうよかった、しか言っていないですね、私は。それほど緊張していたんでしょ
  う。

  「来年はもっといい公演ができるといいね」
  藤崎さんが何気なく言った言葉が3人の心に深く染みわたりました。

  こうして1年目の文化祭は無事に終了しました。