<第5-1章:October(1)> Mio's EYE ああ、今日もいい天気ですね。ちょっぴり日差しが強いんですけど。すがすがしい 朝というのはこういう朝のことを言うんですね。 今週から演劇部の夏合宿です。高校から電車で3時間くらいのところにある、高校 の合宿所で合宿します。期間は1週間。全員で共同生活しながら秋の学園祭の公演 に向けて練習するのです。 今日は合宿3日目です。ちょっと早起きして散歩しようと思って・・・ 高原のさわやかな風がわたしの頬をなでます。木々の青々とした葉の隙間から木漏 れ日が差します。自分が何かの物語の主人公にでもなったかのような気分になりま す。うきうきします。まだ、起床時間には間がありますからもうちょっと散歩しま しょうか。 演劇練習場を抜けて、少し行ったところに湖があります。昼間にはカップルがボー トなどに乗って楽しんでいますが、今は朝。物静かな雰囲気。この湖全体が私のも のになったかのような気分になります。 ・・・あら?わたしが独占しているかと思った湖のほとりに誰かいるようですね。 あれは・・・高城さん? 湖に向かって発声練習をしていました。こんな朝から練習なんて・・・わたしはそ ばに行こうかどうか迷いましたが、その前に高城君に見つけられてしまいました。 「おはようございます」 「・・・お、おはよう」 「こんなに早くから練習しているんですか?」 「あ、ああ・・・そうだけど・・・」 「あ、あの、わたしもいっしょに練習してもいいでしょうか?」 「え!?あ、ああ、いいよ」 わたしの反応に驚いたようでした。 起床時間までの時間、わたしと高城さんは一緒に発声練習をしました。時折アドリ ブで演技なんかを織り交ぜて。なんだか、楽しいひとときでした。 高城さんってこうやって見ると、とっても素敵な人なんですね。い、いえ別に深い 意味 があったわけじゃないんですけど。なんだか、一緒に練習していて落ち着く んです。 「あ、あの・・・高城さん?」 起床時間になるかどうかのころ。もう練習時間も終わりに近づいてきました。そろ そろ自分の部屋に戻らないと・・・。 「え?あ、な、なに?」 「明日も、練習御一緒させてもらってもよろしいでしょうか?」 「あ、ああ、そんなことか。もちろん歓迎するよ。でも如月さんって朝には弱いん じゃないのかい?」 「高城さんは私の体を考えているのでしょうけど、私なら大丈夫ですよ。そのため に早起きしているんですから」 「ああ、そうなのか。それじゃ、明日もこの場所で」 「ええ、わかりました」 「それと・・・」 「なんですか?」 「このことはみんなには内緒にしておいてほしいんだ、恥ずかしいからね」 約束を承知して別れました。 それから私と高城さんの朝練は合宿終了まで続きましたが・・・ 4日目くらいでしょうか、一部の男子部員が奇妙な噂を流しているのです。「如月 と高城は朝に密会している」と。 そのうわさを持ってきたのはなんと、あの朝日奈さんではないですか。なぜ帰宅部 の彼女が合宿所に来ているかというと、そばに新しいテニスコートがオープンした らしく、さっそく来たということらしいです。 それにしても聞き捨てならない噂です。私は高城さんと朝に練習しているだけなの に。それ以上のことは何もないんです。なのに、なぜ男の人っていうのは変な噂を 立てたがるのでしょう。 その日の夜、就寝後に同じ部屋の1年生の女子部員からいろいろ聞かれました。で も何にも話すこともないんです。一緒に練習しているだけですからね。 藤崎さんも同じ部屋だったのですが、みんなが根掘り葉掘り聞いている間、もう寝 てしまっていました。助けてくれてもいいのに・・・ 人の噂も75日といいます。そのうち立ち消えになるかとおもって我慢しましたが、 噂は日増しに強くなっていく一方です。 わたしと高城さんが付き合ってるだの、朝に密会して練習してるのは嘘で・・・と か。どうすればいいんでしょうか。私には藤崎さんしか頼る人がいません。思い切 って相談することにしました。 合宿最終日の夜のことです。ちょっと夜風に当たろうと藤崎さんを誘い出して何気 なく相談してみました。すると・・・ 「未緒ちゃんは高城君のこと好きなの?」 藤崎さんは唐突にもこんなことを聞いてきたのです。私が高城さんのことを好き? そんなこと考えたこともないと素直に答えました。 「じゃぁ、もっと堂々としなくちゃだめね」 藤崎さんはそう言います。でも私が堂々とできるのでしょうか。確かに高城さんは 優しい人ですし、ここ数日間ですが一緒に練習していて楽しかったのは言うまでも ありません。しかし、たったそれだけです。それだけで、なぜクラブの人たちはあ あまでも勘違いするのでしょうか。 「そうね・・・でもほおっておくしかないと思うな。この手の話ってどこにでもあ ることだし、そのうち違う話題が見つかって未緒ちゃんの噂なんか忘れちゃうわよ」 私は藤崎さんの言葉を信じるしかないようです。今は学園祭に向けての大切な時期。 変なことは忘れて活動に打ち込まないと。