<第1章:April> Mio's EYE
                                                          
   私自身にしてみれば、驚異的なスピードで歩いていった試験会場。何とかぎりぎり
   で間に合い、受験することが出来ました。ただ、息切れが激しくて最初の科目では
   調子が出ませんでしたけど。えっ?自信ですか?その時は全然なかったですね。も
   う、早く行かなきゃという心だけが先に行ってしまって。

   結果的には無事に第1志望の「私立きらめき高校」に合格することが出来ました。
   あこがれの高校生活。高校の図書館って中学校に比べて蔵書数が比べ物にならない
   と聞いているけど・・・たのしみ。クラブはどうしようかしら。そんな思いが私の
   頭の中をよぎります。・・・今日は入学式です。

   大きな掲示板にクラス分けされた生徒達の名前が書かれています。私は・・・1年
   C組ですね。全く知っている人がいないこの高校で、私はうまくやって行けるので
   しょうか・・・期待と不安に囲まれながら自分のクラスに入っていきます。

   私の到着したのが早かったらしく、クラスの中にはまだ3、4人くらいの人しかい
   ませんでした。席は・・・出席番号順ですね。私は黒板にかかれた席を捜して座る
   と、鞄から本を取り出して読みはじめます。今日は私の大好きな「ゲーテ」の詩集
   です。これを読んでいると、時間がすぐに経ってしまいます。

   夢中になっているわたしがふと顔を上げると、教室の一番前、窓際の席に私と同じ
   本を読んでいる人がいるではありませんか。正直言って私は驚きました。でも、私
   には声を掛ける勇気はありません。ああ、こんな時にひとかけらの勇気があれば。

   そうこうしているうちに、HR(ホームルーム)が始まります。自己紹介の番が回っ
   てきました。

   「はじめまして、如月未緒といいます。えっとですね・・・趣味は読書で・・・ゲ
   ーテなどを好んで読みます。これからも皆さんと仲良くやっていきたいと思います。
   どうぞよろしくお願いします。」

   いつも思う。自己紹介って、苦手です。まるで、自分のうちに秘めるものをさらけ
   出すみたいで・・・でも、はきはきと自己紹介している人を見るとうらやましく思
   う。これって、ただ私が自分自身に対して嫌悪しているだけでしょうか。

   「皆さんはじめまして。藤崎詩織です。趣味は・・・音楽観賞でクラッシックとか
   をよく聞きます。よろしくお願いします」

   ああ、私と同じゲーテを読んでいた人は藤崎さんというのですね。同じクラスに似
   た趣味の人がいてよかった。お友達になれればいいんだけど・・・

   それからのHRは連絡事項だけで終わりました。高校生活初めての放課後です。とい
   っても、特に何があるわけでもなくうちに帰るだけなのですが。

   あれこれ考えながら、校門へ向かう途中で私を呼ぶ声がします。

   「如月さぁん」

   私が振り向くと、向うの方から走ってくる人がいます。あれは・・・藤崎さん?

   「はぁはぁはぁ。一緒に帰らない?」

   どうやら藤崎さんは私を追いかけて走ってきたようです。今日は4月にしては熱い方
   で、藤崎さんの額には汗がにじんでいました。

   「え?えぇ、帰りましょう」

   わたしはどう返事してよいのかわからなくなってしまいます。一緒に帰ろうなんて言
   われたの始めてですから。

   だいぶ藤崎さんも落ち着いたようで、私たちは帰ることにしました。校門から駅へ向
   かう途中、藤崎さんはこんな事を言ってました。

   「ねぇ、伝説の樹の話しって知ってる?」
   「い、いえ・・・知りませんけど」

   藤崎さんはちょっと恥ずかしげにこんな話しをしてくれました。

   「高校の卒業式の日、伝説の樹のしたで女の子から告白して誕生したカップルは、い
   つまでも幸せでいられるという伝説があるんですって」
   「そんな伝説があるのですか、それで伝説の樹ってどこにあるんですか?」
   「うんとねぇ、あの校門を入って左側に大きい樹があるでしょ?あれが伝説の樹」
   「へぇ、そうなんですか。」

   伝説の樹の話し・・・どこにでもあるような話し・・・しかも私には全くといって
   よいほど縁のない話し・・・その時にはそう思っていました。

   私には縁のない話し・・・これがはじめて伝説の樹の話しを聞いたときの私の率直
   な感想です。