<第10-6章:January(6)> Shiori's EYE

  「知りたい?」
  「ああ」
  「それはね・・・」

            ☆            ☆            ☆            ☆

  小学5年生の夏だった。地域の子供たちの中で希望者を募って、林間学校を開
  校するのがこのあたりの小学校の通例なの。わたしと武雄君は両親にお願いし
  て参加させてもらったの。2泊3日のよくあるような「自然にふれましょう」
  ツアーみたいなものなんだけどね。わたしは武雄君と一緒に行けるのがうれし
  かった。前日から眠れなくて、お母さんに怒られたのを覚えているわ。

  その「林間学校」の最後の夜・・・そう最後の夜の定番といえば・・・

  「肝だめし」

  引率の先生方がお化けに扮してわたしたちをおどろかせる。生徒達は2人づつ
  のペアを組んで暗い山道を途中にあるほこらまで上っていくの。もちろん出発
  は10分おきくらいだから前のグループを追い越すこともない。完全に2人だ
  けで暗いところを歩いていくの。といっても懐中電灯は貸してもらえるので完
  全に真っ暗というわけでもないんだけどね。

  ペアはあっさりと決まったわ。わたしは武雄君と。

  出発の時間。軽い上り道。先を懐中電灯で照らしてもほとんど見えない。漆黒
  の闇という表現がぴったり来るかもしれないわね。見えるのは足元だけ。遠く
  の方から悲鳴が聞こえる・・・きっとどこかで驚かされたペアの悲鳴でしょう。
  そんなに怖いのかなぁ・・・と思うと余計に怖く感じる。わたしは武雄君の腕
  をしっかりつかみ歩いていく。

  「こわいよぅ・・・たけおく〜ん」

  わたしはしがみつきながら武雄君の方を見る。武雄君は涼しげな顔でこちらを
  みて、

  「心配ないって。詩織になにかあったら俺がなんとかするから」

  そう言ってくれる武雄君。どんなに心強かったことか。

  「カタン」
  「キャッ」

  ぎゅっ。左手の方からなにかが落ちた音・・・わたしは反射的に武雄君の腕を
  強く握ってしまう。

  「な、なんだ?」

  武雄君は音のする方へ歩いていく・・・もちろん、わたしも一緒。一歩たりと
  も離れたくなかった。だって・・・怖いもの。

  「なんなんだろうなぁ」

  武雄君がそううそぶいて本来のコースに戻ろうとした瞬間!

  「ウガーーーーーーーーーーーーーーッ!」

  「!」
  「!」

  一瞬の虚無の空間。

  「うわっ」
  武雄君の言葉が空を切る。

  そして・・・

  目の前には大きなナマハゲが・・・わたしはもう耐えられなかった・・・

  「くすん・・・くすん・・・わーーーーーーーん」

  わたしは耐えられなくて泣き出してしまったわ。怖いのは苦手だったのね。と
  いっても今でも苦手なんだけど。そんなわたしを見ながら、ナマハゲに化けて
  いた先生がお面をとった。

  「参ったなぁ・・・インパクト強すぎたかな?」
  「いや、大丈夫だよ、先生。俺が何とかするから」
  「そうか・・・済まんな。藤崎、大丈夫か?」
  「ううっ、ひっく・・・」

  まだ泣き止まないわたしに対して・・・

  「大丈夫か?詩織?」

  そう、武雄君はわたしのことを体全体でぎゅっ、としてくれたのです。
  そして、頭をかるく、かるくポンポンと。

  「大丈夫、詩織。俺が一緒にいるから。な?」

  ポンポン。

  ・・・それがわたしには心地よかった。武雄君に頭をポンポンとされたわたし
  は・・・

  「う、うん・・・ひっく。大丈夫だよ。平気。たけおくんがいるもの」
  「そう。大丈夫。平気だろ?」

  「大丈夫そうだな・・・よかったよかった」

  ナマハゲ役の先生も自分の演技の結果に驚きながらも安心したみたい。

  「内緒の話だが、ココが一番怖いんだ。だからあとは安心していって平気だぞ」
  「・・・」
  「・・・」

  わたしと武雄君は顔を見合わせると、ぷっと笑ってしまいました。なんだか、
  肝だめしなのに回答を知らされたみたい。でも、わたし泣いちゃうくらい怖か
  ったからその方がありがたかったかもしれないわね。

  「それじゃぁ気をつけてな」

  再びお面をかぶったナマハゲ先生に見送られてわたしと武雄君は再び歩き始め
  た・・・

            ☆            ☆            ☆            ☆

  「思い出した?」

  わたしは上を向いて武雄君の顔を見る。でも武雄君の腕の中。

  「・・・」
  「忘れちゃったの?」
  「・・・」

  しばしの時。

  「!?」

  ポンポン。ポンポン。

  「こんな感じだったか?」

  ポンポン。ポンポン。
  それは昔のままだった。武雄君の手のひら。武雄君のぬくもりがそのまま。わ
  たしは何も言えなかった。

  「・・・武雄君・・・」

  武雄君の体にしがみつくように抱きつくことしか出来なかった。こんなに幸せ
  な気分は久しぶりかもしれない・・・そう思いながら。

  「そう・・・そう言う感じ・・・ふふっ。武雄君、思い出してくれたの?」
  「・・・思い出したのかなぁ・・・体が勝手に動いてたってのが正しいかな」
  「もうっ。そういうときは嘘でも『思い出したんだ』って言うものよ」
  「そんなもんなのか?」
  「ふふっ。そう。そんなもん、よ」
  「そ、そっか・・・」

  時が止まってしまえばいいのに。このままこの時がずっと続けばいいのに。朝
  も昼も夜も。そんなものいらない。この時、この時だけでいい・・・

  「くしゅんっ」

  くしゃみをしてしまったわたしに、上着をかけてくれる武雄君。

  「さて、お姫様は寒いご様子。そろそろ帰宅のお時間では?」
  「そんなことないよ、寒くないもの・・・くしゅんっ」
  「ほうら、風邪ひくぞ。帰ろう」
  「・・・うん」

  懐かしい、高校1年生の冬の思い出ね。