<第10-3章:January(3)> Takeo's EYE コンサートも無事に終わり・・・ 「よかったね、武雄君。やっぱり人気になるだけのことはあるよね」 「そうだな。グラディウス序曲だっけか?あれは迫力あったなぁ」 同じような会話がそこらここらから聞こえてくる。コンサート会場を後にする。 う〜ん、オーケストラとかよくわからないんだけど・・・確かによかった。ど こがってはっきり説明は出来ないけど、なんというか壮大でまさにテーマその まま自分が宇宙空間にいるかのような気持ちになる・・・おっと、そんなこと ここで説明しても始まらないな。 詩織と俺はそのまま喫茶店へ。例の喫茶店だ。きらめき高校の生徒がたむろす るきらめき高校御用達の喫茶店。さすがに今日は日曜なので生徒たちはいない。 変わりに静かな喫茶店の雰囲気を楽しみに来た買い物帰りの主婦たちの社交場 になっている。平日は高校生で休日は主婦軍団か・・・マスターも大変だろう なぁ。 「俺、アイスコーヒー。詩織は?」 「え?わたし?どうしようなぁ・・・」 「さくっと決めろよ、さくっと」 「だって・・・ここのメニューいつも迷っちゃうんだもん」 コーヒーの味もさることながら平日休日とわず盛況なのはメニューにある。ケ ーキなどの食べ物がとにかくうまい。男の俺でさえ、たまに来てもいいかな、 と思うほどだ。でもめったに来ないのは・・・来た所で平日だろうから・・・ 周りの雰囲気も考えると来る気が起きない。もう少し静かならな。 「決まったか?」 「うん。わたしはホッとコーヒーとチーズケーキ」 「おう。・・・叔父さん!」 実はここのマスターとは仲がいい。というか親戚関係なのだ。それほど近い親 戚ではないのだけれど。 「おい、武雄。『叔父さん』って呼ぶなよ。俺はまだ20代なんだ」 「そんなこといったって血縁上は『叔父さん』じゃないか」 「そんなことわかってる。だがな・・・『オジサン』って言われているみたい で気分悪いんだ。頼むからやめてくれ」 「う〜ん、ってことはもうすぐ30だからそうなったら、堂々と『叔父さん』 って呼んで欲しいってことだよね」 「・・・」 「くすくすくす」 たまりかねて詩織が笑い出してしまった。 「なんだい、詩織ちゃんまで。詩織ちゃんだけは俺の味方だと思ってたのに」 「ふふっ。わたしはもちろんマスターの味方ですよ。」 「そら、詩織ちゃんもそう言っていることだ。おとなしく引き下がれ」 「・・・30になったとき、見てろよ」 と捨て台詞を吐いたものの、目はしっかり笑っている。これがいつもの叔父さ んとのやり取りなのだ。 「ふん。どうせおまえだって近いうちに30になる日が来るんだよ。その時に はたっぷりいじめてやるからな」 「はいはい。まだ10年くらいありますから、くたばらないようにしっかり生 き延びてくださいねーだ」 「・・・生意気になったもんだ・・・」 今日のところは俺の勝ちらしい。 「で。注文は?お二方?」 ああ、すっかり忘れてた。問答に夢中になってたぞ。 「俺、アイスコーヒー」 「わたし、ホットコーヒーにチーズケーキ」 「はいはい。アイスとホットとチーズケーキね。おまえ達腹減ってないのか?」 そう言えばコンサート前からほとんど口にしてないな。減っていると言えば減 っているが・・・詩織はどうだろう? 「詩織はどうだ?おなかすいてるか?」 「う〜ん、ちょっとすいてるかな」 「よし、『叔父さん』がとっておきの料理をご馳走してやろう!二人の家には 連絡しておくからな」 「・・・」 「・・・」 こうなると叔父さんのペースである。要するにとっておきのご馳走というのは 喫茶店で出す新メニューのことで、要するに俺と詩織はその試食人になるとい う算段なのだ。今のところ勝率は5分くらい。こないだなんかひどかったんだ。 「月見ババロア」 とか言って、ババロアの中央がくりぬいてあってそこに生卵がおとされている なんとも言いがたいものを試食させられたんだよな。食べにくいのなんのって。 卵をどうやって食べろって言うんだ?って具合で叔父さんに抗議してやった。 叔父さんも「う〜ん、あんまり自信なかったんだが・・・やっぱりだめか」と。 自信がないなら出すなよ、と言ってやりたいがさすがにそれはやめておくこと にした。 詩織もこの犠牲になったことがあるので、二人で顔を見合わせて黙ってしまっ たのだ。 「心配するなって。今回は自信作だ」 ・・・それが心配なんだよ。 と言うが早いか叔父さんはそそくさとカウンターへ戻っていってしまった。折 角の実験台を逃がしてたまるか、と言ったところか。 「なんかまたとんでもないことになるかもな・・・」 「ふふっ、そんなこと言っちゃ叔父さまに失礼よ。折角作ってくださってるん だもん、期待してあげなきゃ」 「まぁな・・・ところで、KNM交響楽団はどうだった?」 さりげなく話を戻してみる。どうせいやでも新メニューとやらが登場するんだ。 それまでは忘れていよう。 「うん!とってもよかった。やっぱりコンサートは生で聞かないとね」 「そうか。よかった。連れていったかいがあったよ」 「本当にありがとう、武雄君。楽しいデートだった」 「・・・」 「・・・」 なんか気まずいな。話が続かなくなったよ。詩織・・・俺は・・・ 「な〜にしけた顔ししてるんだよ。お二人さん」 そこには新メニューとやらを片手に持った叔父さんがいた。サンキュー叔父さ ん。いいタイミングで来てくれた。 「これが新メニュー?」 「そうさ。『ソースパ』って呼んでくれ」 「『ソースパぁ?』」 詩織と俺は同時に口を開いた。 「まぁ、要するに『ソースのスパゲティ』だな。ちょっと隠し味も入ってるか らそこらへんのヤキソバとは分けが違うぞ。ほれ」 叔父さんは大皿を俺と詩織の前に置く。3人前は優にあろうかという大皿だ。 ここの料理は3人前が基本。みんなでとって分けるのだ。大人数できた女子高 生達に人気がある。8人くらいで来て2品頼めば2種類をちょこっとづつ食べ られると言う算段だ。 見た目は悪くない。大方ゆでたスパゲッティにソースとベーコン、ほうれん草 をいれさっと炒めたのだろう。料理をしない俺でもそれくらいまではわかる。 「まぁ食べてみてくれよ。自信作なんだから」 言うが早いか、叔父さんは俺と詩織にスパゲッティを取り分ける。うん。匂い は悪くない。ヤキソバ風スパゲッティと言ったところか。 「食べてみてくれよ」 さすがに先に詩織にたべさせるわけにもいかないか・・・パクッ。ん? 「ん〜」 「どうだ?」 叔父さんは緊張の面持ちでこちらを見ている。 「なかなかいけるよ。久しぶりに当たりを引いたって感じだね」 叔父さんお顔がほころぶ。 「そうか!」 その言葉を聞いたからか詩織も口に。 「うん。おいしいですよ、叔父さま」 「そうかそうか。詩織ちゃんも・・・久々にメニューが増やせるなぁ。よし ありがとう。このスパゲッティは『武雄と詩織のソーススパ』と言う名前に しよう!せめてもの報いだ」 ないが報いなんだろう・・・っていうかすごく恥ずかしいじゃないか。と言っ てもこういうのって叔父さん頑固者だから『やめろ』っていっても聞かないし なぁ。しょうがないか。詩織の方を見ても半分呆れてるし。なるようにしかな らないな。仕方ない。甘んじて受け入れてあげるか。 かくして、新メニュー「武雄と詩織のソーススパ」は晴れて喫茶店のレギュラ ーメニューとなった。そこそこ注文もあるのは、俺や詩織の知り合いがとりあ えず注文しているからだそうだ。まぁ評判自体も悪くはないんだが・・・ ちなみに帰りがけに叔父さんに聞いてみた。結局、隠し味って何なの、と。 「ああ、隠し味ね。マヨネーズだよ」 ・・・お好み焼きじゃないんだから。