<第10-2章:January(2)> Shiori's EYE
  
  成人の日。今日は武雄君とデートです。そう考えると、うきうきしちゃうね。
  だって、いままで武雄君と遊んでたことはあってもデートしたことなんてな
  いもの。

  うふふ。

  わたしの顔から不敵な笑みがもれてしまいます。いけない、ちゃんと引き締
  めないと。

  ・・・服装よし。
  ・・・髪型よし。
  ・・・リップよし。

  今日はお気に入りの黄色いヘアバンド。といってもお気に入りなので毎日の
  ように使ってるんだけど。

  「行ってきまぁす」

  家をスキップしながら出て行きます。目標は隣のうち。もちろん武雄君。

  ピンポ〜ン、呼び鈴を鳴らすと・・・あら?返事がありません。もう一度。
  ピンポ〜ン。おかしいなぁ・・・ピンポ〜ン、ピンポ〜ン。

  トントントントン。階段を降りる音。よかった。いないかと思っちゃった
  じゃないの。

  「ふわぁい」

  武雄君の声。

  「藤崎です」

  しばしの沈黙。

  「・・・、詩織?あ〜〜〜っ!!」

  慌てて鍵を開ける音がして扉が開きます。

  「おはよう・・・たけ・・・お・・・くん?」

  そこには髪の毛ぼさぼさのいかにも寝起きの武雄君が立っていました。

  「す、すまん、詩織。寝坊したらしい」
  「う、ううん・・・いいんだけど・・・ふふっ」
  「な、なんだよ」
  「だって、武雄君の寝起きなんて久しぶりに見たんだもん」
  「そういわれてみれ・・・ば・・・ふわわわぁ」
  「・・・」

  武雄君はわたしの気持ちを察してくれたのか

  「ちょっとあがって待っててな、すぐ用意するからさ」
  「え?う、うん。そんなに急がなくてもいいからね」
 
  武雄君のうち・・・いつ以来なんだろう。去年のお正月かしら?ということ
  は1年ぶりということね。なんだか10年くらいあがってないような感覚に
  なってしまいます。前はもっとお互いのうちに遊びに行ったりしてたのに。

  5分としないうちにバタバタと階段を降りて来る武雄君の姿がありました。
  「・・・ん?どこか変か?」
  わたし、武雄君のことジロジロ見過ぎちゃったのかしら。
  「え?う、ううん、そんなことないよ」
  「じゃぁ出かけるとしようか」
  「うん、そうしましょう」 

  駅に向かって歩いていきます。さて・・・

  「さて・・・と、どこに行こうか」
  「どこにいくの?」
  「う〜ん、あんまり考えてない」
  「え〜」
  「なんてな、嘘だよ」
  「え?じゃぁどこに行くの?」
  「しらん」
  「・・・もったいぶって」
  「あはは、ここだよ。ここ」

  武雄君が一枚の紙をかばんから取り出し私に見せてくれました。

  【KNM交響楽団 正月公演 In きらめきホール】

  KNM交響楽団・・・?これって・・・あの1年に2回くらい定例でやって
  る、あの?なかなかチケット取れないって聞いてたけど・・・

  「友達がさなかなか情報通でチケット取ってくれたんだよ」
  「へぇ・・・なかなか取れないんだよね、これ」
  「そうそう。先着順だとしても直ぐに売り切れちまうんだもんな」
  「すごいね、一度行ってみたかったんだ」
  「だろ?俺もそうだよ。そんなにすごいのかな・・・ってさ」

  「ただ開演まで時間がたっぷりあるんだよな。これって夜の部だから」
  「あ、ほんとだ」
 
  チケットには開場18:00、開演18:30と記されてる。まだ時間はた
  っぷりあるということなのね。なにしようかしら。

  「なんかやりたいこと、あるか?詩織」
  「え?う〜ん・・・じゃぁショッピングでもしましょうか?」
  「ああ、そうしようか」

  ということで、わたしと武雄君は一路ショッピング街へ。コンサート開場か
  らは歩いていける距離にあります。食事するところやアミューズメントスポ
  ットまで全てそろった大型のショッピングモールです。休日や学校帰りにき
  らめき高校の生徒がよく立ち寄ります。学校はそんなに厳しく規制したりす
  ることもないようです。朝日奈さんとかに言わせると「そんなことしたって
  無駄よ無駄。行きたいものは行きたいんだから」ということになるみたいで
  すけど。

  「どこに行く?」

  武雄君が聞きます。わたしは意地悪く

  「どこに連れてってくれるの?」

  と聞き返します。だってデートだもん。武雄君のほうから率先してくれない
  と・・・と思ったのはいいけど・・・武雄君ちょっと困った感じ。しかたな
  いなあ。

  「あのね、ちょっと小物屋さんに行っていいかしら?」
  「お、おう」

  武雄君ちょっとほっとしたみたい。

  小物屋さんでの私のお目当てはやっぱり・・・

  「詩織って、本当にヘアバンド好きなんだな。いくつ持ってるんだ?」
  「ふふっ。だって好きなんだもん。うちにはいっぱいあるよ」
  「『ヘアバンドおたく』ってやつだな」
  「えっ?」
  「あ、いや何でもない、何でもない」
  「わたしは『おたく』なんかじゃありませんよーだ」
  「なんだ、聞こえてるんじゃないか」
  「ふふふ。でも確かにいっぱい集めたりしてるもんね。『おたく』っていう
  のかしら?」

   他愛のない会話をしながらも時は刻一刻と過ぎていきます。そして・・・

  「詩織。そろそろ行こうか。開場、もうすぐだしさ」
  「うん。指定席なんだよね?」
  「ああ、まあな。ただ早く入っておかないと混んでくるからさ」
  「そうね。いきましょう」

  もうすっかり日も暮れてきました。冬なんですね。日の落ちるのが早いです。
  コンサート会場まで歩いていきます。

  「詩織〜」

  どこからか私を呼ぶ声がします。この声は・・・後ろを振り向きます。

  「詩織。こんなところにいるなんて・・・偶然よねぇ」
  「朝日奈さん?」
 
  わたしの後ろから走ってきたのは朝日奈さんでした。それにしてもどうして
  朝日奈さんがコンサート会場に?わたしは目を白黒させていたのでしょう。

  「え〜っ、あたしがコンサートに来ちゃ行けないって顔してるぞぉ〜」
  「そ、そんなことないわよ・・・ただ・・・びっくりしたんだもん」
  「まぁね。コンサートはレディのたしなみよね。大人の女としてはこれくら
  いは聞いておかないと、と思ってね」

  と聞いてピンと来ました。

  「朝日奈さん、チケットを取ることに意義を感じてるんじゃ・・・」
  「え?そ、そんなことないわよ!ちゃんとコンサートを聞きにきたんだから。
  KMN交響楽団でしょ?その筋じゃ有名じゃない」

  既に楽団名からして・・・敢えてそれは言わないことにしましたが・・・武
  雄君も苦笑い。

  「ところで、詩織」
  「なに?」
  「ちょっとこっち来なさいよ」
  「え?なによ・・・」

  朝日奈さんは武雄君から遠ざかるようにわたしを引っ張っていきます。

  「ところで、詩織君」
  「え?」
  「彼とはどういう付き合いなのかね?」
  「あっ!」
  「『あっ!』じゃないわよ。んもう。そうならそうって最初から言ってくれ
  ればいいのに」
  「これは違うのよ」
  「どう違うのよ〜」
  「え、それは・・・」
  「それは?」
  「サービスみたいなものかな?」
  「サービスぅ〜?」
  「あ、あのね、深くは聞かないで」
  「う〜ん、仕方ないわね。こんどちゃんと詳しく説明してよね」

  朝日奈さんは噂好き。いろいろと情報を仕入れては流しています。そんなの
  に乗せられたら・・・

  「あの、このことは内緒にしてね」
  「わかったわよ。でもちゃんと説明してくれなきゃバラしちゃうからね〜」

  と本気だか冗談だか判別がつかないまま朝日奈さんは去っていきました。

  「詩織、いまのは・・・」
  「朝日奈さん、高校一の情報収集家」
  「ああ、あれがウワサの・・・」

  大丈夫かしら?朝日奈さん。変なウワサを流されなければいいんだけど・・・